お互いの技術を補完し合える理想的なパートナーシップ
---今回のプロジェクトは「デジタルツインの共創」が大きなテーマでしたが、アルテアはデジタルツインの活用について、どのような課題を持っていましたか。
池田 公輔氏(以下、池田氏):デジタルツインの構築には、データ収集・センサー技術、データ統合・管理技術、モデリング・シミュレーション技術など、多岐にわたる技術が必要です。
アルテアは、「Altair HyperWorks」による長年のモデリング・シミュレーション技術に加え、「Altair RapidMiner」によってデータ分析・AI技術を強化してきました。近年はLLMやナレッジグラフに注力し、データ統合・管理技術や可視化・ユーザーインターフェース技術も保有し、デジタルツイン構築に必要な技術は概ねカバーしている状況でした。
しかし、国内ではハードウェアを用いたデータ収集・センサー技術が不足している点が大きな課題でした。グローバルで考えると、アルテアにはデータ収集・センサー技術を保有するエンジニアが在籍するものの、アルテアの日本オフィスにはその専門家が不在です。この点が、デジタルツイン推進のボトルネックとなっていました。

ウォーカー ローリー氏(以下、ローリー氏):実際、海外ではデジタルツインの活用実績を豊富に持ち合わせています。具体的には、プレス生産ラインにおいて、シミュレーション技術とデータ分析・AI技術を組み合わせたデジタルツインを適用したプロジェクトを実施してきました。この取り組みにより、生産廃棄物の低減やランタイムの短縮といった具体的な成果を上げています。
しかし、日本では同様のプロジェクトを実施できていないのが現状でした。

伊藤 千輝(以下、伊藤):アルテア様に限らず、日本国内ではデジタルツイン活用の事例は多くありません。お客様との会話では、デジタルツインへの関心は非常に高いことはうかがえるのですが、いざ導入となると「一歩を踏み出せない」ケースが少なくないのです。
その要因となっているのが、工場側のOT部門と本社側のIT部門との間にある壁にあると捉えています。両社の間ですり合わせがうまくいかず、PoC(概念実証)で止まってしまう。結果、先進的な取り組みがうまく進められない要因となっているように感じます。

池田氏:デジタルツインのプロジェクトは規模が大きくなりがちという点も、要因のひとつだと思います。プロジェクトの規模が大きくなれば、関係部署の了解を得る手間とコストが大きくなってしまいます。その上、かけるコストに対して成果を明確に提示しなくてはならないため、導入を躊躇してしまう企業が多いのでしょう。
---関係者の多さと成果の不透明性が、二重の壁になっているわけですね。
伊藤:だからこそ、今回の共創プロジェクトが持つ意味は大きいと感じています。これまでは資料ベースで説明するしかなかったデジタルツインのメリットを、体感可能な「動くデモンストレーション」として形にできました。
---その大きな一歩は、どのような経緯で始まったのでしょうか?両社の出会いのきっかけから教えてください。
大河原 昴也(以下、大河原):もともと、私たちは長年、アルテア様が買収した、データ分析とAIのプラットフォーム「Altair RapidMiner」を提供していました。

伊藤:2023年6月には、アルテア様のデトロイト本社を訪問しています。そこでデジタルツインのさまざまなユースケースを目の当たりにし、「これを日本でもやろう」と考えたのです。
ローリー氏:アルテアがネットワンさんと組むのは、必然だったと言えます。
先ほどお伝えしたように、アルテアの課題は日本におけるデータ収集・センサー技術の不足にありました。それに対して、ネットワンさんはネットワーク通信技術を核に、このデータ収集・センサー技術に関して豊富なノウハウをお持ちです。さらに、データ統合・管理技術やデータ分析・AI技術も保有しています。
一方で、ネットワンさんが不足するモデリング・シミュレーション技術はアルテアが提供可能です。協業によって双方の技術を補完し合えるという、理想的なパートナーシップを結べると考えました。
「わかりやすさ」重視のプロジェクトでデジタルツインの利点を実証
---2社によるプロジェクトを通じて、お客様にデジタルツインのどのような技術的価値を実証しようと思ったのでしょうか。
池田氏:物理的にセンサーの設置が難しい製造現場に対して、設備のシミュレーションモデルを構築し、実機と寸分違わない動きを仮想空間で再現できる点です。これにより、物理的にセンサーを設置できない箇所であっても、変位、速度、加速度、荷重、温度など、設備内部のあらゆる場所のデータを取得することが可能になります。
シミュレーションモデルを用いて仮想空間上で生産プロセスの動作を最適化できるため、現実の生産ラインに手を加える前にさまざまな試行錯誤が可能となります。デジタル環境上でのデータを詳細に分析できれば、異常検知や故障予測の精度を格段に高めることが可能となるのです。
---その実証として、今回は教育用ロボットアームが「ペンで紙に図形を描く」というデモンストレーションを構築することとしたのですね。このテーマはどのように決まったのでしょうか。
伊藤:アルテア様とは、「お客様に見せられるデモ環境を一緒に作っていく」ことを起点に議論をスタートさせました。弊社のnetone valleyにはロボットアームがあったため、「これを使って何かできないか」というアイデアを出し合いました。その際、アルテア様に紹介してもらった海外の事例からヒントを得て、今回のシナリオを固めていったのです。
池田氏:話し合いの結果、今回のプロジェクトでは教育用ロボットアームを題材にデジタルツインモデルを構築することとしました。常時運用される機械において、接触現象は摩耗などの影響で状態変化を起こしやすい。異常や故障を起こさずに運用を続けるためには、正確なモニタリングとそのフィードバックによる補正が不可欠です。
今回の「ペンと紙の接触」という非常に微細な現象をデジタルツインで検証したことは、正確なモニタリングの基本技術を実証する上で重要なステップでした。この基本技術を確立することで、将来的にはより複雑な機械における接触状態の変化を正確に捉え、トラブルを未然に防ぐための基盤を築けると考えたのです。
---具体的に、プロジェクトではどのような検証を行ったのですか。
池田氏:最小限の実測データから複数の物理量を予測し、予測した物理量を用いて異常検知の精度を向上させることに取り組みました。プロジェクトでは、ロボットアーム先端のXYZ位置データを使用しました。ロボットアームのシミュレーションモデルに対して逆運動学計算を行い、先端のXYZ位置の履歴から各関節の角度履歴を算出。算出された関節の角度履歴に追従する、順動力学と制御シミュレーションを実施し、実機の動きを再現するために必要なモーターのトルク、消費電力、消費エネルギーを演算しました。
異常検知においては、ロボットアーム先端にペンを取り付け、紙に記号を書かせるシナリオを設定しました。
大河原:ロボットアームに特定の図形を描かせ続け、紙がペンにうまく触れていない、紙とペンが近すぎるといった状況で図形をうまく描けない場合を異常と定義しました。
池田氏:ロボットアーム先端のXYZ位置データだけでは、ペンが紙に接触しているか否かを正確に判定することは困難です。しかし、シミュレーションでは接触の有無による負荷の違いを表現できるため、モーターのトルクや消費電力に明確な差異が現れます。これらのシミュレーションデータを追加することで、異常検知の精度が向上することを確認できました。
---プロジェクトの内容について、意識した点や工夫した点はありますか。
池田氏:実機のロボットアームとシミュレーションモデルの間に、詳細な相関関係(コリレーション)を取ることはしませんでした。モーターのトルクや消費電力を実機と完全に一致させようとする場合、摩擦や損失など、実際に測定するのが非常に難しいデータをシミュレーションモデルに正確に反映させる必要があるからです。
ローリー氏:このプロジェクトにおいて、最も重視したのは「分かりやすさ」です。当社は複雑なプロジェクトの事例も多数持っていますが、それをデモ機でお伝えしてもお客様はデジタルツインの利点を理解しづらいというジレンマがありました。どうすればデジタルツインの本質を直感的に伝えられるかという観点から、実現性と説明のしやすさを両立できるテーマとして、今回のデモに行き着きました。
両社の強みが存分に発揮されたプロジェクトの実施
---シミュレーションモデルの構築や検証は約1ヶ月かけて行われたと聞いています。その間、2社の強みが発揮された場面などがあれば聞かせてください。
池田氏:アルテアにとっては、自社内の統合された製品群を用いて、効率的にデモを実施できたという点にあります。今回のデモでは、当社は主に4種類のソフトウェアを使用しました。
- Altair MotionSolve(機構解析・マルチボディダイナミクスシミュレーション)
- Altair Twin Activate(1D・制御シミュレーション)
- Altair AI Studio(データ分析・AIツール)
- Altair Panopticon(BIツール)
これらのソフトウェアは、共通のライセンスシステムで利用可能です。それにより、お客様は非常にリーズナブルにデジタルツイン環境の構築を始められるということを、プロジェクトを通じて示すことができました。
そして、シミュレーションモデルを構築し実機と同期・動作させるという点では、ネットワンさんとの共創の真価を強く実感しました。今回はわかりやすさを重視したモデリングであり、技術的な困難は比較的少なかったです。しかし、シミュレーションモデルを構築して初めて実機と同期させて動作させた当初は、狙った動きを再現できませんでした。
その際、デバッグのために「このタイミングで、このデータを出力してほしい」とネットワンさんに依頼したところ、必要なデータを迅速に提供してくれました。そのおかげで、短時間で原因を特定し、モデルを修正して、最終的に狙い通りの結果を得ることができました。
オンライン上での議論で原因が分からなかったときは、netone valleyを訪問して実際にロボットを見ながら動きをチェックしました。実機を見ることで、すぐにおかしな点に気づくことができました。「現物」があることの重要性を、改めて感じた瞬間です。実機やハードウェアに詳しいパートナーとの連携がいかに重要か、この経験を通じて再認識しました。
社内外に「仲間を増やす」ことが次のステージ
---改めて、今回のプロジェクトで生まれた成果について教えてください。
ローリー氏:大きく二つの成果があったと考えています。一つは、アルテアの製品群だけで、実機のロボットアームと同期して動作するデジタルツインを構築できると明確に示せたこと。 これにより、我々のソリューションがデジタルツイン実現の核となり得ることを実証できました。
もう一つは、「デジタルツインで何がどう良くなるのか?」という問いに対し、異常検知の精度向上という形で具体的なメリットを定量的に示せたことです。デジタルツインを使わないパターンと使ったパターンで、どれだけ精度が向上したかを明確に示せた。これは大きな進歩だと捉えています。
---デモが完成後、2025年6月には2社による共催イベントを開催していますね。お客様の反応はいかがでしたか。
橋本 莉佳(以下、橋本):素晴らしい反応を得られました。普段私たちが接することが多いのは、IT部門の担当者様です。しかしアルテア様とのイベントには、工場のOT部門の方や、IT部門の中でもOT側の事情に興味がある方など、さまざまな考えを持つお客様が集まってくださいました。イベントが技術的なキャッチアップにつながり、ITとOT双方のお客様をつなぐひとつのきっかけになったと感じています。
工場で働いている方々は、デモを見てデータを持って経営層に環境改善などを提案する意識が強まったという声もいただきました。またデータサイエンス部の方々からは、「社内教育でデータ解析ができる人材を増やしたいが、『RapidMiner』は非常に有効な選択肢だ」という評価をいただきました。「RapidMiner」はプログラミングが苦手な初学者でも直感的に扱えるので、人材育成の観点からも好評だったようです。

ローリー氏:私たちにとっても、普段はあまり接点のないIT部門の方々と直接お話しできたのは大きな収穫でした。システム的な観点から現場のユースケースについて、新しいご意見をたくさん伺うことができました。
---両社にとって得られるものが多いイベントとなったのですね。今回の成果を踏まえ、今後の展望をどのようにお考えですか。
ローリー氏:技術的には、さらに高度なデジタルツインを目指します。今回は計算負荷の小さいモデルでしたが、大規模な解析ではリアルタイムでの動作が困難になります。これに対し、アルテアは「romAI」という機械学習を用いた軽量化技術を持っています。
この技術と、ネットワンさんが持つマイクロコントローラーやエッジデバイスの知見を組み合わせる。それにより、ハイパフォーマンスコンピューティングを使わずエッジコンピューティングでデジタルツインを動かすという、現場に近い環境での導入を提案・実現したいです。
池田氏:共創の形も進化させていきたいですね。これまでは互いの「不足部分を補完し合う」関係でしたが、これからはお客様の現場に深く入り込み、真の課題を共に掘り下げ、最適なソリューションを共同で設計・実装していく「戦略的パートナーシップ」へと深化させていきたい。そこに、私たちが注力しているLLM(大規模言語モデル)やナレッジグラフといった技術も統合し、より高度なシステムを構築していきたいと考えています。
伊藤:そのためには、まず「仲間を増やす」ことが重要だと考えています。今回のような分かりやすいデモがあると、我々の営業部隊もお客様に提案しやすくなります。6月のイベントをきっかけに、両社のアカウント営業同士の交流も始まったところです。お互いの顧客課題を突き合わせながら「この課題なら両社で解決できるのでは?」といった活発な議論が生まれています。
大河原:「仲間を増やす」という観点では、社内のエッジデバイスを扱う専門チームなど、他部署を巻き込んでいくことで、さらに提案の幅が広がると感じています。
---最後に、両社が目指す理想のネクストステップを教えてください。
ローリー氏:理想的なネクストステップは、実際のお客様も巻き込んで、具体的な業務課題をこのデジタルツインで解決することを証明することです。両社は素晴らしいシナジーを持っていますから、お客様のニーズに対して非常にハイレベルな解決策を提示できるはずです。
伊藤:今後、より現場環境に近いロボットでの技術検証を進め、お客様に具体的な導入イメージを持ってもらいたいなと。そして、お客様と共に課題解決に取り組むことが、両社の共通のミッションだと考えています。
