AIは、画面の中で対話する「チャット型」から、現実世界で動く「フィジカルAI(ロボットなど、物理空間で動作するAI)」へと広がりつつあります。その成否を分けるのは、実はロボットやAIモデルの性能だけではないかもしれません。頭脳(AI)と身体(ロボット)をつなぐ"神経"——ネットワークです。小さく試すPoC(実証)はうまくいっても、台数が増え、本格導入へ進む段階でインフラの壁にぶつかる。そんな声も聞かれます。本記事では、その「なぜ」と、企業が押さえるべき勘どころを、無線通信を専門とするネットワンシステムズのネットワーク技術者である山本・岡﨑にフィジカルAIにおける無線通信について聞きました。
今回のインタビュイー
ネットワンシステムズ株式会社
ビジネス開発本部 応用技術部 ネットワークチーム
山本 和弘
産業用ネットワークやローカル5Gの担当SEとして、検証・技術調査・提案を支援する業務に従事
このブログでわかる3つのポイント
- フィジカルAIで何が変わる? ── AIが画面の中(チャット型)から現実世界(ロボット)へ。頭脳(AI)と身体(ロボット)をつなぐ"神経"としてのネットワークに、これまでと桁違いの応答速度(数秒→数ミリ秒)が求められる
- 見落とされがちな論点とは? ── 求められるのは低遅延・可用性・セキュリティ。特にエッジ側のセキュリティや、Wi-Fi/ローカル5G/キャリア5Gの使い分けには、専門的な見極めが要る
- 自社はどこから考えればいい? ── まずは「有線か、無線か」を含めネットワーク全般で捉え、自社の要件(応答速度・安定性・通信をどこに閉じたいか等)を整理することから
- ライター:本間 あや
- 共創プログラムの企画運営に携わりながら、フィジカルAIをはじめとする先端技術と顧客をつなぐ情報発信を担当。
目次
フィジカルAIの「神経」としてのネットワーク
---フィジカルAIは、これまでのチャット型AIと根本的に何が違うのでしょうか。ネットワークやインフラに求められるものはどう変わりますか。
山本:学習や推論に使うGPUのアーキテクチャと、ロボットやAI基盤をつなぐ——その意味で、ネットワークはいわば「神経」にあたると考えています。どれだけ賢いAI基盤モデルができても、現実(フィジカル)空間のデータを高精度にセンシングして学習させる必要がありますし、推論のときも、現実空間のデータを瞬時に、正確にAIへ伝えてフィードバックしなければなりません。だからこそ、頭脳と身体をつなぐネットワークが要になるんです。
---これまでのチャット型AIと、インフラの観点で大きく違う点はどこでしょうか。
山本:一番は「推論の結果を、いかに瞬時に正確に返すか」です。ChatGPTのようなエージェントなら数秒の間隔でも使えますが、現実空間でロボットを制御するとなると、データをやり取りする周期が数ミリ秒〜数百ミリ秒という世界になる。こうした低遅延が求められる点が、これまでと大きく違うところです。
なぜ「今までのIT」と要求が違うのか
---ロボットを滑らかに制御するには、どのくらいの速さ・周期の通信が必要になるのでしょう。チャット型AIとの比較で教えてください。
山本:これもユースケース次第です。チャット型AIなら数秒でも耐えられますし、用途によってはそのレベルで問題ないこともあります。一方でロボット制御となると、リモートで動かすだけでも最低限、数百ミリ秒。さらにアームを制御して何らかの動作をさせるとなると、本当に数ミリ秒程度の低遅延が要求されてきます。
---その応答性能が満たせないと、技術的にはどんな支障が想定されますか。
山本:「やりたいことが、すぐに実現できない」ということですね。たとえば映像でその場の状況を判断してアクションを起こそうとしたとき、遅延が発生すると、判断した瞬間にはもう映像が別のシーンに切り替わっていて、ずれたアクションになってしまう。そうした事態が考えられます。
岡﨑:補足すると、学習に使うデータはカメラだけでなくセンサーも増えていきますし、制御する対象も増えていく。その膨大なデータを、広い範囲で欠損なく収集する必要も出てきます。この点も、従来のチャット型のAIとは違って低遅延が効いてくる理由です。
ユースケースによっては、一つの遅れが安全に関わることもある——そう考えると、要求水準の重さが見えてきます。この違いは、導入の現場でも顕在化します。
--- PoCは成功しても、台数が増えたり本番導入の段階でインフラ面の課題が出てうまくいかない、という話も聞きます。ネットワークの観点では、なぜこうしたことが起こると考えられますか。
山本:低遅延・高可用性・セキュリティを同時に満たすようなシビアな要件は、これまでの一般的なITインフラの領域では、まだ実装例が多くありません。そのぶんナレッジやノウハウが、お客様側にもまだ蓄積されていない。PoCは閉じた環境で、決められたユースケースに最適な構成を組んでやれますが、いざ現場へ入れるとなると、現場の環境要素が非常に大きな要因になります。加えて全体のコスト感も膨らみやすく、コストがネックになるケースも考えられます。
「きれいな環境」で試したPoCと、干渉や不確定要素の多い本番環境とのギャップ。それを埋める鍵が、要件の見極めと無線の使い分けです。
求められる3つの要件と、無線通信の使い分け
---ネットワークに求められる要件を、あらためて整理するとどうなりますか。重要なものを絞るとしたら、どこが要点でしょうか。
山本:汎用的なものでいえば、大きく3つですね。低遅延・可用性・セキュリティです。これに加えて、4Kカメラの映像を伝送するようなケースでは高帯域も求められますが、単純なセンサーデータだけなら高帯域までは必要ない。あくまで要件次第、という前提はあります。
---この中で、今後フィジカルAIを考えたときに、見落とされやすい・課題になりやすいのはどれでしょう。
岡﨑:セキュリティだと思います。一般的なエンタープライズのファイアウォールに加えて、フィジカルAIではエッジ側(ロボットなど末端)のセキュリティも絡んできます。そこが担保されていないと、極端に言えばロボットが意図せず動いてしまう、といったリスクにもつながりかねない。通信の保護は前提として必須で、そのうえでエッジのセキュリティも組み込む——ここはしっかり押さえるべき点です。
通信の保護を前提としたうえで、次に問われるのが「どの無線を選ぶか」です。ここに"一つの正解"はありません。
---無線通信にはWi-Fi、ローカル5G、キャリア5Gなどの選択肢がありますが、どれか一つが正解ではなく、要件に応じて使い分ける、という理解で良いでしょうか。それぞれの勘どころも教えてください。
山本:まずWi-Fiは、広く普及している技術であり対応端末が豊富なのが強みです。以前検証した四脚ロボットや、移動体のロボット全般にも組み込みやすい。今後、屋外で6GHz帯をより高出力に使えるようにする環境整備が進めば、フィジカルAIでの活躍の場も広がっていくとみています。
一方ローカル5G(企業などが自ら免許を取得して構築する5G)は、導入・運用のコストは高くなりますが、免許制で他者からの干渉を受けにくく、運用で"縛りやすい"のが特長です。「この周波数はロボット専用」といった統制が企業内で効きやすい。基地局の出力もWi-Fiより大きいので、屋外など広い範囲で移動体を使いたいときの選択肢になります。
また、通信のUL/DL(データ転送:UL / データ受信:DL)比率の可変が可能で、データ転送(UL)に特化した通信環境を構築することも可能です。
キャリア5Gは、以前と状況が変わってきました。ネットワークスライシング——ネットワークリソースを論理的に区切り、用途に応じたネットワークを提供できるようにするための技術ですが、これが本格的に使えるようになってきた。エンタープライズのお客様向けに仮想的なネットワークを切り出し、低遅延を実現できる可能性が見えてきています。キャリアが整備した5G SA(Standalone方式の5Gネットワーク)のサービスエリア内であれば利用しやすい点も魅力です。
---セキュリティの観点でも、使い分けは変わってきますか。
岡﨑:はい。管理通信やユーザー通信を自社の拠点内に留めておきたい場合は、オンプレミス型のWi-Fiやローカル5Gが候補になります。逆に、外部に出しても構わないのであればキャリア5Gも入ってくる。「どこに通信を閉じたいか」で変わってきます。
つまり、応答性能・可用性・つながりやすさ・セキュリティ——要件の重み付け次第で最適解は変わります。だからこそ、この見極めには専門的な知見が要ります。
---この使い分けを自社だけで判断するのは難しそうです。専門家に相談する価値はどこにありますか。
山本:ネットワークの要件を理解したうえで、各技術にも詳しくないと「どの通信を使うか」の判断は難しいのが正直なところです。私たちのようなベンダーに相談するメリットは、各無線技術の市場動向を把握し、ソリューションを実際に展開・検証していること。そのうえで、システムが求めるネットワーク要件に合った提案ができる点だと思います。
こうした話は、机上の理論ではありません。実際の現場での取り組みから、見えてきたことがあります。
実証で見えてきたこと
---昨年、クフウシヤ様と、ロボットを使ったWi-Fiとローカル5Gの通信比較の実証をされました。具体的にはどのような取り組みでしたか。
山本:ロボットの制御通信と映像伝送を低遅延化することが目的でした。クフウシヤ様ではもともとWi-Fiを利用されていましたが、遅延の大きさを課題に感じておられていました。そこで、弊社のローカル5G環境を使い、Wi-Fiとローカル5Gで通信を比較検証した、という取り組みです。
---やってみて、手応えを感じた点や、初めて分かった難しさはありましたか。
山本:手応えとしては、クフウシヤ様が求めていたロボット制御の遅延要求を、実際に満たせたことです。Wi-Fiでは満たせなかったものが、ローカル5Gなら満たせた——ここは大きな成果でした。一方で難しさは、ロボットや端末をローカル5Gに接続するための構成づくりです。Wi-Fiのように普及していて何でもつながる世界ではないので、すぐにはつなげられず、手探りの部分もありました。この"端末側の作り込み"が、ひとつのボトルネックになったと感じています。
なお、この実証で得られた具体的な数値は、別途公開している共創事例の記事で紹介しています。実用レベルの応答性能を達成できたことが、次の一歩への確かな手応えになりました。
▼ 関連プロジェクト
ローカル5Gが拓く、四脚ロボット遠隔操縦の未来。クフウシヤとネットワンで「通信の壁」を打ち破る
四脚ロボットの遠隔操作を阻む「通信の壁」に、クフウシヤ様とネットワンシステムズが挑戦。ローカル5Gを活用した実証実験で、映像・操作コマンドの両面で実用レベルの安定通信を実現しました。
おわりに:フィジカルAIのネットワークを、ネットワンシステムズと共創する
---フィジカルAIの実装は一社では難しいという話がありました。なぜ難しく、どんな協力体制が理想でしょうか。
山本:末端のロボット、AI基盤、そしてそれらをつなぐネットワーク——という全体アーキテクチャの中で、それぞれを専門とするベンダーが協業してこそ、より良いかたちが作れます。
岡﨑:特にロボットの制御や安全に関わる要件は、私たちだけでは判断できない部分もある。だからこそロボットベンダーとの協業は欠かせません。逆に、ネットワークやセキュリティ、本番導入時の顧客環境の理解は、私たちSIerが担う。役割を持ち寄る"共創"が必要だ、という結論です。
ネットワンシステムズは、その"神経"を担う立場として、アーキテクチャ全体を俯瞰し、最適解を一緒に考えるパートナーでありたいと考えています。
---最後に、読者へのメッセージをお願いします。
山本・岡﨑:今回は無線の話に寄りましたが、フィジカルAIで求められる低遅延は、無線では難しく有線でないと実現できない世界もあります。だからまずは「有線がいいのか、無線がいいのか」を含めて、ネットワーク全般でご相談いただきたい。Innovation ShowcaseにはWi-Fiとローカル5Gを比較できる環境もありますので、構想の相談やデモ体験から、気軽に始めていただければと思います。一緒に、現実的なステップで進めていきましょう。
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