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ペーパーICT支援員の仮想教室 ~教育のDXとGIGAスクールテクノロジー編のアンサンブル~ 「見えないWi-Fiテクノロジー ・・業務用無線LAN」編 その1

ライター:阿部 豊彦
経歴:エンタープライズ系インフラの提案、設計、構築や、SDN提案、
工場IoTネットワークやセキュリティのコンサルなどを担当。
ファシリティ、インフラ、セキュリティなどボーダーレスです。
昨年末から文教フィールドへ参入。

目次

「イントロ ICT支援員編」で、「ICT支援員は常に学ばなければなりません。ICT支援員は、先生とコミュニケーションをとるだけではなく、GIGAスクール構想の設計構築業者と情報交換して知識を収集し、作業分担して問題解決しなければなりません。」と書きました。

では、ICT支援員に降りかかる新たな問題とは?

「見えないWi-Fiテクノロジー ・・業務用無線LAN」編 その1(本編)、その2では、ICT支援員が対処すべき教室のWi-Fi(無線LAN)環境に焦点を当てて、お話しします。

ICT支援員に降りかかる新たな問題① 「おそい!」

GIGAスクール構想後に持ち上がる新たな問題、多くの読者もご存じの「おそい!、使えない!!」という現象です。生徒のPCが遅くて使えない。授業が思ったように進行できない。タイムアウトしてしまう生徒もでてくるありさまと推測します。

理由の多くは、インターネット通信がスムーズに流れないことと教室のWi-Fiの混雑です。インターネット通信では、上流のデータセンターやその回線速度であることが主な原因です。解決は、その回線増強か、セキュアなインターネットへのローカルブレークアウト(学校から直接インターネットへつなぐ方式)の採用で改善するしかありません。

  • データセンターへの回線増強、データセンターのファイアウオールなどのインターネット設備の増強、データセンターそのもののインターネット回線の増強
  • インターネットへのセキュアなローカルブレークアウト(学校から直接インターネットへつなぐ方式:LBO)

これらはGIGAスクールのICTインフラ業者での対応となります。

最終的に、複数の教室から(複数の学校から)同時にインターネットアクセスが集中しても「使える」インターネットアクセス環境が用意される必要があります。(BLOG紹介:NEXT GIGA(スマートスクール)へ ~ スムーズなクラウド利用をはばむものは?  )

ICT支援員に降りかかる新たな問題② 通信かアプリかの切り分け

アプリが原因であることはなかなか証明しにくいので、通信の状況を検査することになります。ここで重要なのは、その「おそい!」が発生している、そのときに調べないといけないということ。通信機器の過去ログから調査することも重要ですが、記録されていないことも考えられます。「おそい!」と言われるその時に無線区間(Wi-Fi)、有線区間(イーサ―ネット)、校外へつながる回線(インターネット接続)、はたまたPCなのか、彼の地にあるアプリなのか? を切り分ける必要があります。そのときに。

「おそい!」==「そのとき分析」は鉄則です。

たとえば、Windows10タスクマネージャを使うと、リアルタイムに近いWi-Fi通信量(Kbps)を見ることができます。教室の40人が同時にアクセスすると数Kbps程度まで下がることがあると思いますが、実験的に1台のみでインターネットへアクセスしてみることをお勧めします。図面の中に「シグナルの強さ」でアンテナマークが “バリ5” であるかも注意してください。弱い場合は、隣の教室のAPにつながっている可能性があります。

インターネットにつながる回線も、教室のWi-Fiも教室全員で同時に使ってしまうと、流れる大量のデータを流しきるために長い時間が必要です。おそらく、ベストエフォートのインターネットへの回線は数百Mbpsで不安定、Wi-FiはAPで使っているWi-Fi規格や設定によって変わりますが、教室単位で100Mbps~数百Mbps程度と思われます。アプリではなく、まずは学校側のネットワークを疑うところから始める必要がありそうです。

たとえば、インターネットをたくさん使う教室(授業)が重ならないように調整したり、教室の生徒を2グループに分けて順に使わせたりする工夫が必要になります。

*AP: Wi-Fi通信の親機、教室に一台ある。

*PC、端末: 学習用パソコンやタブレット、Wi-Fi子機。生徒一人一台ある。

ICT支援員に降りかかる新たな問題③ 高密度一斉無線通信の恐怖

ICT支援員が立ち向かうGIGAスクールには、今まで意識したことのない特殊な「高密度一斉無線通信」環境という難題が待ちかまえています。教室でのWi-Fi通信は、家庭の環境とも企業事務所の環境とも異なる通信環境となるわけです。これは、多くの設計構築業者にとって未体験ゾーンです。


その無線LAN設備(APやWLC統合管理装置など)がどのような製品で、設定がどうなっているのかは、設計構築業者や委託された運用保守業者からICT支援員に伝授されなければなりません。何が正しい出来事か判断できるように。

また、使っている製品が「高密度一斉無線通信」環境を少しでも改善できる機能をもっているのか、ないのか? 知っておくべきでしょう。そのため、設計構築業者との会話は重要です。ただ、会話するにはWi-Fiの知識がないと会話になりませんので、最低限の知識を身に着ける必要があります。

・・・ICT支援員の中で、Wi-Fi通信について詳しい、たとえば最新のIEEE802.11ax(Wi-Fi6)もよく知っているよ!いう方は、どの程度いるのか・・・単独学習では難しいかもしれません。・・・

ICT支援員に降りかかる新たな問題④ では、Wi-Fiがどんな設定で動いているのか?

Wi-Fiの設定と言われても、家庭のWi-Fiルータ(AP)もデフォルトだよな・・・という方も多いと思いますが、企業向けと言われるAPは家庭向けとは異なり、複雑な調整ができるようになっています。統合管理できるようにも作られています。細かい設定状況は設計構築業者に聞くしかありません。ここでは、基礎知識として知っておくべき機能について紹介しておきます。

その1(本編)

  • 知っておくべきしくみ① 設定の前にWi-Fiの規格
  • 知っておくべきしくみ② 足かせとなる電波のアクセス方式

その2

  • 知っておくべきしくみ③ ON/OFFできる高速化技術
  • 知っておくべきしくみ④ 最小データレートとチャネル設計
  • 知っておくべきしくみ⑤ SSIDという無線端末のグループ
  • 知っておくべきしくみ⑥ アンテナ
  • 知っておくべきしくみ⑦ 設定のまとめ
  • Wi-Fi6、7

についてお話しします。

知っておくべきしくみ① 設定の前にWi-Fiの規格

昨年度のGIGAスクール構想で導入されたWi-Fi APPCWi-Fi規格は、最新規格のWi-Fi6がリリースされた直後だったため、新旧の2種類が存在するはずです。Wi-Fi5(IEEE802.11ac)対応機器Wi-Fi6(IEEE802.11ax)対応機器です。これらは電波を利用する方式(規約)の違いで、Wi-Fi6のほうが新しく、高速で安定通信ができる有益な機能が追加されています。

ただ残念ながらAPPCも価格や調達の制約のため、今となっては古いWi-Fi5の機材が多く納品されているのではと推測します。将来、端末の故障修理や紛失、転入生への対応で、最新機種のPCを選ぶことになるので、Wi-Fi6対応PCは徐々に増えていくはずです。この時AP側でWi-Fi6機能が使えるようであれば稼働させなければなりません。Wi-Fi6規格を使った短時間で通信ができる新しいPCを増やせば、通信時間を少しでも多く古いPCに振り向けられるからです。

Wi-Fiの通信規格は、APPC下位互換が実現されていますので、APWi-Fi6対応でも、PCWi-Fi5に合わせて通信できます。その逆も問題ありません。教室内で混在利用が可能です。

  • Windows PCが搭載するWi-Fiの規格や、APとの接続状態を知る方法(参考)

コマンドプロンプト(通称DOS窓)からPCのWi-Fi規格とAPとの接続状態がわかります。

知っておくべきしくみ② 足かせとなる電波のアクセス方式(細かい話のため読み飛ばし可)

スマホ電波と違い、Wi-Fiは20年以上に渡って下位互換を維持しています。新旧Wi-Fi規格が混在しても、電波を共用できるように最新のWi-Fi6にも同じ電波のアクセス方式が引き継がれています。これが教室内の送信効率を大きく落としている可能性があります。

(読み飛ばし開始)

Wi-Fi MEMO① IEEE802.11無線LANの下位互換性の維持

スマホが世代を上げるのと同時に通信方式や利用電波帯を変えて別物に代わっていくのとは異なり、Wi-Fiでは20年以上に渡り一貫してCSMA/CA(搬送波検知・多重アクセス・衝突回避)という電波への「アクセス制御方式」を使い続けています。(電波の共同利用ルールです。)

ひと教室最大40台の無線端末(先生入れると41台)が一斉に同じような操作をすると、Wi-Fi通信が一斉に始まり、混雑状態になります。発生する通信の衝突回避(CA)のために多くの時間が「送信待ち時間」として浪費されてしまいます。これは、APでも端末でも同じように送信前に「送信待ち時間」を浪費されます

無線LANの世界では、基本的に空間に電波を発することができるのは、1台だけです。(Wi-Fi6 UP-Link MU-MIMO技術は異なりますが)したがって、送信と受信は同時にできません。(これを半二重通信:Half Duplexといいます)。このような条件の中で電波送信を衝突させないようにするアクセス方式をCSMA/CAといいます。CSMA/CAは、APも端末もすべての送信する無線LAN機器で共通に守られるルールです。

APや端末の送信の前に「待ち時間」を毎回挿入されますが、この待ち時間は「20年前の機器の中で送信準備が遅い機器」との間で送信機会均等を実現するための仕組みでした。ですので、20年前とは比較にならない高速なデジタル機器ばかりの今となっては、だれも送信できない長~い時間を、下位互換という意味だけで最新のWi-Fi6でも引き継いでいるのです。これを最小にしたいわけです。

Wi-Fi MEMO② 衝突検知(CD)ができません、ので衝突回避(CA)なんです

無線の世界では、送信端末は受信端末側で衝突(コリジョン)が発生していても、送信端末がすぐさまそれを知ることができません。正しく受信できた端末は、「無線レベルのACK」を送信端末へ必ず返すことになっています。このACKが送信端末に返って来なかった場合にやっと『他の端末の送信と衝突した』と判断し、他の送信端末も自端末もランダムな時間を待って再送を試みます。複数の送信端末でおのおのランダムな時間を待つことにより、早く待ち時間が終了した端末が送信することで、電波の衝突を回避する仕組みです。

*ACK: Acknowledgement、肯定応答、受信確認通知

この長い説明のように、衝突が発生すると、「無通信の待ち時間が多くなり」、ガクンガクンと教室全体の通信速度が落ちていきます

衝突がない時(ACKが正常に帰った時)は、送信待ちしていた他の端末の待ち時間を短くして素早く送信させます。短くされた待ち時間が偶然同じだと、もちろん衝突しますし、送信したいデータができた新参者があらわれると衝突するかもしれません。

Wi-Fi MEMO③ 単なる順番待ちじゃないランダムバックオフアルゴリズム

ランダムな待ち時間は衝突時だけではなく、常に使われています。ACKが帰ってある通信が完結したことを検知すると送信待ちデータを持った複数の端末は、それぞれにランダムな時間を生成し最も短い時間の端末がその時間を待ったあと通信を開始できます。

衝突回避のための待ち時間生成アルゴリズムに、BEB(Binary Exponential Back-off)方式が使われています。衝突を繰り返すたびに、ランダム値の上限が指数関数的に拡大され、より多くの時間を待たされる仕組みとなっています。

ちなみに、最初の待ち時間は、

34μs(DIFS)+ 9μsx(0~15からランダム値) = 34,43,52,61・・・169μs

16パターンしかありません。教室の40台が一斉に送信開始すると、衝突が発生しますし、作られた待ち時間も重複してしまう可能性も出てくるわけで、その場合いつまでたってもどの端末も送信できない状態になるかもしれません。(μs:マイクロ秒)

つづいて衝突が発生すると、ランダム値が指数関数的に32パターンに拡大されます。

34μs(DIFS)+ 9μsx(0~31からランダム値) = 34,43,52,61・・・313μs

取りえるパターンが増え衝突が回避される良い面だけではなく、より大きな待ち時間を生成する可能性が出てきます。

ちなみに、最新Wi-Fi6では、

14.4μ秒の時間があれば、242sc10bit(1024QAM)5/6(符号訂正)=約2kbit(約252KBytes)

を伝えられます。(理論最大値、1ストリーム、20MHz幅の最低設定)

10倍の144μ秒では、約20Kbit(約2.5MBytes)のデータ送れます。

20年前の待ち時間の「時間感覚」と、最新の通信テクノロジーの「時間感覚」が全く別次元!

この送信待ち時間自体の長さは調整できませんが、登場する頻度は下げられます。


(読み飛ばし終了)

結果として、AP 1 台あたりの接続端末台数が多いほど、送信電波の衝突頻度が高く、最悪Exponentialに待ち時間が拡大して、教室全体の送信速度が低下します。この待ち時間の長い電波のアクセス方式は下位互換を保つために最新のWi-Fi6でも同じですし、Wi-Fi5の端末が混在しても同じです。

解決できるかもしれないテクノロジー例

では、待ち時間の登場頻度を減らせばいいことになります。「フレーム連結」という仕組みがあり、細切れにデータを送信するのではなく、一つにまとめて一気に送信する方法です。おそらく多くのPCで有効になっていると思います。

さらにほかの方式では、待ち時間の登場頻度を減らし、通信速度向上も見込める方式があります。Wi-Fi5(IEEE 802.11ac)では、1台のAPから複数の端末へ同時送信を可能にする下りリンクMU-MIMO(Multi User-MIMO)技術が規定されました。Wi-Fi4(IEEE802.11n)から搭載された端末1台への通信を倍速させるMIMO(Multi Input Multi Output)技術を、複数の端末向けに拡張した仕様です。

多くの端末は、Wi-Fi5、Wi-Fi6対応に関係なく、2ストリーム、MIMO/MU-MIMOに対応しています。その端末をふつうにMIMOとして使うと、図の左上のようになり、APが4ストリーム対応の場合、半分の通信性能を使い切れません。図左下のようにMIMOを使わないと、APの性能がもったいない。

これをMU-MIMOで通信させると、図右のように、APの通信性能をすべて使いきり、端末には1ストリームという最小単位を割り当てていても、通信速度の改善が期待できます。と同時に灰色の待ち時間が入ってくる頻度が大幅に減ります。(図左上と比較しても待ち時間の回数が半減、図左下と比較では待ち時間回数が1/4になります。)

APからの下りリンク(ダウンロード方向)だけですが、同時に複数の端末へ送信できますので、高密度一斉通信環境での各端末の「衝突回避のための通信待ち時間」の影響が緩和され、より高速かつスムーズな通信が実現できると期待できます。

現在MU-MIMOが使われていなければ、AP、端末も対応できるか仕様を確認して、試してみるのもよいかと思います。

Wi-Fi6では上りリンク(アップロード方向)でもMU-MIMOができる仕様が追加されています。対応できるかは、AP、端末の仕様と検証結果次第です。

ペーパーICT支援員の仮想教室 ~教育のDXとGIGAスクールテクノロジー編のアンサンブル~ 「見えないWi-Fiテクノロジー ・・業務用無線LAN」編 その2へ

その2では、

  • 知っておくべきしくみ③ ON/OFFできる高速化技術
  • 知っておくべきしくみ④ 最小データレートとチャネル設計
  • 知っておくべきしくみ⑤ SSIDという無線端末のグループ
  • 知っておくべきしくみ⑥ アンテナ
  • 知っておくべきしくみ⑦ 設定のまとめ
  • Wi-Fi6、7

などについてお話しします。

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※本記事の内容は執筆者個人の見解であり、所属する組織の見解を代表するものではありません。

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