ページの先頭です

ページ内を移動するためのリンク
本文へ (c)

ここから本文です。

AI 活用の壁はどこにあるのか? AI Networking Summit in NY 2025 参加レポート

ライター:猪子 亮 (Ryo Inoko)
FY19 ネットワンシステムズに新卒入社
ビジネス開発本部にて社内/外 向けサービス開発、事業部門の支援を主に担当。
Web アプリケーションのフロントエンド、バックエンド開発(オンプレ/AWS)に加え、自動化推進(Ansible)、業務改善活動、開発エンジニア育成などを担当。

FY25 からシリコンバレーに駐在
スタートアップの発掘、市場調査などの業務に従事。

目次

はじめに

昨年に引き続き、2025年10月22日から23日にかけてAI Networking Summit がニューヨークで開催されました(21日はエグゼクティブ限定) 。
前半の本記事では基調講演で話されていた注目トピックをお伝えします。
後半では弊社社員が登壇したセッションの内容「IT運用におけるAIと人間の協業の未来像」をご紹介します。

図1 ウェルカムボード

イベント概要

AI Networking Summit はONUG によって開催されるイベントであり、各業界の管理者層から現場のエンジニアまで、幅広い層が一堂に集まるイベントです。
ONUG は、クラウドやネットワークのオープン化、自動化を推進するユーザー主導のコミュニティ兼業界団体であり、エンタープライズIT が抱える課題に対してベンダーとユーザーが協働し、標準化や実装指針(リファレンスアーキテクチャ) を策定する場を提供しています。

本イベントの統計情報

  • 参加者1,731名(うちオンラインは391名)
  • スポンサー: 57社

2 Exhibition floor

去年と比較して会場も大きくなったことに加え、参加者数も増えており、年々認知度が高まっているコミュニティであると感じました。
また、今年のイベントでのキートピックは以下の通りで、昨年度からSONiC Showcase が新たに加わっています。

  • AI Networking
  • AI Infrastructure
  • AI Automate
  • AI Security
  • SONiC Showcase

図3 メインステージの様子

176年の歴史を持つ伝統的な企業のAI 戦略とは?

Pfizer 社の最高AI 分析責任者(Chief AI and Analytics Officer) であるBertha氏の基調講演では、AI が人間の健康と企業価値創造に与える影響、およびAI の全社導入に伴う障壁について語られました。
同社は、癌治療を含むバリューチェーン全体でAI を活用しており、例えば、腫瘍学者が癌に関する公開情報をナビゲートし、洞察を得るための社内AI ツールColonoscope を提供しています。
AI は、患者との対話、臨床試験情報への誘導、適切な薬物投与量の推定などにも利用されています。
Bertha 氏は、AI 導入の経験から得られた教訓として、AIネイティブではない企業にとって、パイロット段階からスケールアップ(大規模導入) への移行には以下の点が重要だと述べました。

  • データ環境の整備とモダナイゼーション
  • チェンジマネジメント
  • セキュリティとガバナンス

データ環境の整備とモダナイゼーション

Pfizer 社のような176年の歴史を持つ伝統的な企業にとって、AI の導入を成功させる上で、データ環境の整備とモダナイゼーションは最も重要な投資の一つです。
AI が効率的に扱える形でデータを整理できるかが、企業のAI ジャーニー成功の鍵となるためです。

Pfizer 社は、数十億ドルに相当する知的財産(IP) を含む膨大なデータを長年にわたり蓄積していますが、そのデータシステムの多くは過去に構築されたものであり、AI活用に向けてモダナイゼーションを必要としています。
同社は、システムをモダナイズし、データを保護されたクラウドへ移行させ、安全かつ保護された方法でデータにアクセスできるようにすることに多大な努力を払っており、この種のインフラ投資は不可欠であると述べられています。

チェンジマネジメント

AI の導入を全社規模で拡大する際、チェンジマネジメント(既存の業務プロセス、文化、スキルを段階的に適応させ、社員が新しいテクノロジーを受け入れて活用できる状態へ移行させるための組織的取り組み) は現実の大きな課題となります。
エンジニアのように常にAI の動向を把握している訳ではない従業員を含む組織全体の人々が、AI に適応し、使い方やその欠点を理解する必要に迫られているためです。

この課題に対処するために、従業員をAI に対応できる状態にするための教育は主要な重点分野の一つです。
Bertha氏は、AI をすべての問題の解決策として過度に期待することや、AI の導入が自分の仕事にどう影響するかという抵抗感や懐疑心の両方に対処する必要があると述べています。
また、AI エージェントはデプロイすれば終わりではなく、人材育成と同様に継続的なトレーニングが必要になるという認識も重要です。

セキュリティとガバナンス

Pfizer 社が取り組むべき投資領域の一つはセキュリティであり、これはAI 導入プロセスを定義する際の出発点 とされています。
企業は、データ・スチュワードシップを徹底し、データ、特に機密データ(個人データや外部購入データなど) をどのように統制し、AIがそれにアクセスする方法をどのように管理するかを理解する必要があります。

ITリーダーへの助言として、Bertha 氏は、商用ツールに焦点を当てるのではなく、ワークフローにおけるデータの流れを理解し、チェーン沿いのすべてのコンポーネントがどのような役割を果たしているかを把握することが、データセキュリティ、データ保護、ガバナンスの側面において極めて重要であると強調しています。

エージェント時代にはNHI(Non-Human Identity) が求められる場面が増えていることもあり、セキュリティがAI 導入プロセスのファーストステップというのには納得がいきます。

技術的負債を“クレジットスコア化”するという新しい発想

基調講演の中で特にユニークだと感じたテーマの1つに、技術的負債(Technical Debt) のスコア化 を試みるという取り組みが紹介されました。
技術的負債は、レガシーシステムや複雑化したコード、老朽化したインフラなどが累積して発生する組織課題として広く知られていますが、従来は技術的背景に依存した説明が多く、経営層とのコミュニケーションや予算獲得が難しい領域とされてきました。
今回紹介された取り組みは、この状況を改善するために、技術的負債を企業の状態を示すスコア として定量化し、ビジネス判断に活用できる形へと翻訳する点が特徴となっています。

登壇したDXC 社のHolland 氏は、技術的負債をクレジットスコアのように数値化するTechnical Debt Score を紹介しました。
これは、数項目の非機密データを入力すると、AI を活用した解析によって負債の大きさとリスク傾向をスコアとして提示する仕組みで、組織の現状把握を迅速に行えるように設計されたものです。
さらに、スコアは複数のカテゴリに分解され、老朽化、運用負荷、サイバーリスクなどの観点でどこに課題が潜んでいるかを俯瞰できるようになっています。

興味深い点は、この仕組みが経営層との対話を容易にする手段 として位置づけられていることです。
例えば、詳細なレポートを説明する代わりに、自社のスコアは50点で、業界平均は70 と示すことで、課題の深刻度や改善の必要性を直感的に共有できます。
技術的負債を単なる技術課題ではなく、事業リスクとして明確に伝えられるようになるため、予算審議や優先度検討の場面で有効に活用できると説明されていました。

また、この取り組みは単独の企業が独自に進めるものではなく、コミュニティ全体で改善していくことを前提としており、多くの企業が参加することで、業界横断のベンチマークデータが蓄積されていく構想が示されました。
これにより、自社のスコアを同規模・同業他社と比較し、改善の方向性をより客観的に判断できるようになることが期待されています。

技術的負債の概念自体は新しいわけではありませんが、それをスコア化して共通言語にする という発想は、これまでの取り組みとは明確に異なります。
従来もISO 5055 によるコード品質の測定や調査会社による技術的負債の定量化手法は存在していましたが、企業全体を対象にした横断的なスコアリングは限定的でした。
AI 活用が前提となる時代において、負債の蓄積はサービス提供品質やセキュリティに直結するため、従来以上に経営インパクトが大きくなっています。
今回の取り組みは、この構造的課題に対して、コミュニティ主導で新しいアプローチを持ち込もうとする点で、非常にユニークだと感じました。

まとめ

本記事ではAI Networking Summit 2025 の基調講演の内容から北米企業におけるAI 導入時の教訓と技術的負債のスコア化という新たな取り組みをご紹介しました。
データ環境の整備とモダナイゼーションはPfizer 社に限らず、どの企業にも共通して言えることだと考えられます。
後編記事では、そんな大きな変化が求められる時代における運用のあり方の一例を示していますので是非一読ください。

※本記事の内容は執筆者個人の見解であり、所属する組織の見解を代表するものではありません。

RECOMMEND