本記事は、サンフランシスコで開催されたTechCrunch Disrupt 2025 の現地レポートです。今年のTechCrunchでは、スタートアップ企業においてAIが既にサービスの“インフラ”として扱われ始めていることが大きな変化でした。Waymo・Netflixなどのセッション、Startup Battlefieldの結果から、2025年のスタートアップトレンドを読み解きます。
- ライター:吉田 将大
- システムインテグレータでソフトウェア開発業務を経験した後、2018年にネットワンシステムズに入社。
前職での経験を活かした開発案件の支援や、データ分析基盤製品・パブリッククラウドの導入を支援する業務に従事。
保有資格: AWS認定ソリューションアーキテクトプロフェッショナル
目次
10月末にサンフランシスコで開催された TechCrunch Disrupt 2025 に初参加してきました。
参加前は、生成AIを活用した新しいサービスを提供するスタートアップが多く出展しているだろうとなんとなく想像していましたが、実際に会場を歩き、展示やセッションを見ていると、その予想とは少し違っていました。
今回は、そんな会場全体から感じた最新のスタートアップトレンドと共に、特に印象に残ったセッションやStartup Battlefieldの内容をレポートしていきます。
TechCrunch Disrupt 2025とは?

TechCrunch Disrupt は、スタートアップ、投資家、大手企業、研究者、開発者が集まる国際的なテクノロジーイベントです。
毎年開催されており、新しいプロダクトの発表やピッチコンテスト、各種セッション、ネットワーキングなどを実施します。
2025年は、サンフランシスコの Moscone West を会場に、2025年10月27日〜29日の3日間にわたって開催されました。
イベントは次のようなプログラムで構成されています。
- 基調講演・パネルセッション
業界リーダーやスタートアップ創業者が登壇し、最新技術や市場トレンド、事例などについて議論します。 - 展示ブースエリア
スタートアップや企業が自社のサービスや技術を紹介し、デモや商談、ユーザーからのフィードバックを収集します。 - Startup Battlefield
TechCrunch Disruptを象徴するピッチコンテストで、選ばれたスタートアップがステージ上でプレゼンを実施し、優勝企業が決定します。
TechCrunch Disruptは、単なる展示会ではなく、次の技術トレンドやスタートアップの潮流をいち早く把握できる場として位置づけられています。
注目セッション 3選
Waymo:自動運転の「性能」から「社会実装」へ
1つ目のハイライトは、自動運転車サービス「Waymo」共同CEO Kendra Mawakana 氏のセッション「The Self-Driving Reality Check」です。
ここでは、自動運転の技術論よりも、社会インフラとしての自動運転をどう実装していくかが語られていました。
Waymo は既に米国内5都市で商用運用しており、2026年までにさらに6都市を追加予定とのこと。さらに、東京でもデータ取得を開始しているという話も出ていました。
同社のデータによれば、Waymoの自動運転は人間のドライバーよりおおよそ5倍安全だとされています。Mawakana 氏は「事故を完全にゼロにすることは不可能です。重要なのは、隠さず、説明し続けることです。」と語り、安全の名の下に透明性を欠く企業は、社会的信頼を失うと強調しました。
自動運転の議論はどうしても「人間より安全か」「事故が発生しないか」に終始しがちですが、Waymo は透明性・説明責任・社会との対話に重心を置いていました。これは、AIを使ったシステムが社会インフラに近づくほど、技術の良し悪しだけではなく「どう運用し、どう公開するか」が問われることを示唆しています。
Netflix:AI活用と視聴体験の進化
2つ目の注目セッションは、Netflix CTO Elizabeth Stone 氏による「What's Next for Netflix and for Streaming Itself」です。
Netflix は、独自CDNであるOpen Connectを10年以上運用しており、世界中のトラフィックを自社インフラでさばきつつ、AWSも組み合わせたハイブリッド構成で最適化しています。同時視聴6,500万件のライブ配信を支えた事例も紹介されました。
Netflixは長年ML/AIを活用しており、生成AIは「創造性を支援するツール」として位置づけています。リコメンド、制作支援、検索体験などに積極的に活用している一方で、コンテンツ制作の中心には「人間のクリエイティブ」が欠かせないというスタンスも強調していました。
加えて、登壇者の話しぶりからは、AIの導入に対して「制作現場の仕事が奪われるのでは」という懸念を抱く人々に対し、一定の配慮を示している印象もありました。Netflixにとって、AIは労働力置き換えのための技術ではなく、人が生み出す表現や物語性をより引き出すためのサポート役であるというメッセージを強調しているように感じました。
Vinod Khoslaが語るテクノロジーとAIの未来
今回のTechCrunchで、個人的に最も示唆が多かったのが、OpenAI 初期投資家として知られる Vinod Khosla(Khosla Ventures創業者)のセッション「No Filters: Vinod Khosla on the Future of Tech」です。
Khosla氏は、「すべての職種にAIスタートアップの機会がある」と強調した上で、AI時代にスタートアップが他社(主に大企業)と差別化するには「真似できない独自データ」と、利用が増えるほどAIの性能が向上する「スケールによるネットワーク効果」を持つことが重要だと語りました。
また、AIは単純労働を代替し人間を解放する一方で、影響を受ける人々を支える新たな社会制度が必要であり、医療や教育などの領域はAIによって無償化される未来が来ると述べています。
さらに、AIは電力を消費しすぎるという批判に対しては、Mazama Energyによる5GW級の新型地熱発電プロジェクトなどを例示し、今後は単なるエネルギー消費者ではなく、AI自体が気候解決の鍵になると主張しました。
最後に、同氏が出資するGeneral Intuition(ゲーム動画を使ってAIに空間認識能力を学習させるスタートアップ)について言及し、LLMによって"言語"を理解したAIの次のステージは"物理世界"を理解することであり、今後のロボティクスや自動運転における重要な要素になると語りました。
Startup Battlefield 2025 結果
TechCrunch の目玉コンテンツでもあるStartup Battlefieldでは、200社の展示スタートアップの中から20社がファイナリストとして登壇し、最終日の審査で優勝者が決まります。
2025年の優勝は、自律型物流スタートアップのGlīd。準優勝は、腎臓に届く遺伝子治療薬の開発に取り組むNephrogenでした。
勝者は「物流のインフラ」を改革するスタートアップ: Glīd
Glīd は、トラックと鉄道をシームレスにつなぐ物流システムを開発しているスタートアップです。独自の車両によってコンテナを直接レール上に載せ替え可能で、既存の鉄道インフラを活用しながら、労働コスト・設備コスト・環境負荷の削減を狙います。
輸送計画や車両制御、稼働最適化の裏側ではAIが使われていますが、ピッチ全体としてはあくまで独自開発した車両と物流インフラの再設計の話が中心で、AIはサービスを支える仕組みの一つとして扱われていました。
準優勝はAI×創薬:Nephrogen
Nephrogen は、AIと高スループットスクリーニングを組み合わせ、腎臓に届く遺伝子治療用ベクターを探索するスタートアップです。
腎臓は構造が複雑で、既存の治療薬が届きにくい“未開拓の臓器"とされてきました。
Nephrogen は、数十億パターンにおよぶ遺伝子ベクター候補から、腎臓の細胞に届く可能性が高いものをAIで絞り込むNeFind(ニーファインド)という技術を開発。すでに大手製薬企業との提携も進んでおり、単なる研究アイデアではなく、実用化に向けたステージに入っている印象でした。
https://www.nephrogenbiotech.com/
共通するのは「リアルな課題」へのフォーカス
このほかにも、宇宙保険のリスクを可視化するCharter、服から服へと繰り返し循環させる素材技術を持つMacrocycle、未公開住宅のデータを可視化するUnlistedなどがファイナリストに残りました。
どのスタートアップもAIやデータ活用はしていますが、ピッチの中心にあるのは「どの産業の、どの現場の課題を解くか」であり、あくまでAIはそのための手段に位置づけられていました。
TechCrunchから見えた潮流
今年のTechCrunch全体を通して感じたのは、「AIそれ自体を売りにする時代は、思ったより早く終わりつつある」ということです。
ChatGPTが登場した2023年前後から、各社が「AI搭載」を謳うサービスを展開し続け、新しい技術である生成系AI(LLM)のユースケースをいかに早く発掘していくかというレースになっていました。
しかし今回のTechCrunchの会場で各スタートアップのCEOや投資家が語ったのは、既存の社会や産業をどう変革していくかという視点でした。
AIは社会を変革し得る力をもっていますが、広く普及していった結果その新規性は失われつつあり、かつてのインターネットのようにすでに社会インフラとなりつつあります。
もちろん要素技術としてLLMをはじめとするAI技術が活用されているのは前提として、重要なのはそのAIインフラの上に他社が真似できないような技術やIP(知的財産)を構築できるかどうかがビジネスで成功する鍵となりそうです。
おわりに:AIブームの先にあるもの
今回はサンフランシスコで開催されたスタートアップイベントTechCrunch Disrupt 2025についてレポートしました。
生成系AIを使った汎用的な生産性改善サービスだけでは差別化が難しくなり、顧客や投資家の関心は、"社会変革や産業課題の解決を実現できるAI技術・企業"へ確実に移りつつあります。
Waymo や Netflix が語ったように、AI を社会に浸透させていくには、技術の進化だけでなく、既存の社会制度や価値観との摩擦をどう調整し、早く適応させていくかが重要です。
そのためには、社会との継続的な対話に加え、Vinod Khosla 氏が示唆したような新しい制度設計が必要になる可能性があります。
TechCrunch Disrupt 2025 は、これまでの "AIブーム" が一段落し、表層的な盛り上がりから、実装・社会変革フェーズへと移行しつつある現実を強く感じさせるイベントでした。
次の競争は、AIを"使うこと"ではなく、AIを前提にどんな仕組みを構築できるか。
その視点こそが、これからのプロダクト開発や技術戦略の重要な軸になっていきそうです。
※本記事の内容は執筆者個人の見解であり、所属する組織の見解を代表するものではありません。