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Media over IPのPTP技術

匠コラム

ビジネス開発本部
第1応用技術部 第2チーム
鈴木 俊吾

4K/8K 放送が開始され映像の制作、伝送の分野では従来のSDI(Serial Digital Interface)ケーブルでのインフラ構築にはいくつか課題が見えてきています。たとえば、SDI用のケーブルは現在3Gbpsの帯域幅のケーブルが主流で最新のものでも12Gbpsのケーブルとなっており、8k放送を見据えた場合には複数のケーブルを束ねて送信するしかなくインフラ設備の煩雑化、大重量化が懸念されています。
これを解決する一つの方法としてIP技術でのインフラ構築による配信が注目されています。IP技術では100Gbps/400Gbpsといった広帯域通信を1本のケーブルで可能とし、SDIでは専用装置が必要でしたが、IPでは対応装置が非常に多いため競争性や可用性などの観点からコスト低減も期待できます。また放送局の編集などの現場で使われるファイルベースシステムでは既にIP化が進んでいるため、制作などのライブプロダクションシステムもIP化することで統合した運用や新たな放送サービスの基盤となるのではないかと期待されています。
IP技術でSDIのような高品質なネットワークを実現するには、「マルチキャスト通信のドロップを発生させない仕組み」と「時刻同期の仕組み」が必要になります。
「マルチキャスト通信のドロップを発生させない仕組み」は匠コラム:放送システム IP 化に向けたネットワーク技術にて紹介しております。
本コラムでは、「時刻同期の仕組み」について映像配信のIP化にあたって使用される時刻同期技術PTP(Precision Time Protocol)について紹介します。

■映像配信分野での時刻同期

IPネットワークでの映像配信の標準規格としてSMPTE ST 2110が策定されています。本規格では、送信元からIPパケットを送信する際に時刻情報を含める事で、ビデオ、オーディオ、字幕などのアンシラリデータを含んだ入力信号を分割(デマルチプレクサ:DEMUX)し、それぞれを別のIPネットワークで効率的に伝送する事が可能となっています。
受信先では、別々に伝送されたデータをIPヘッダに付与された時刻情報を元に合成(マルチプレクサ:MUX)する為、伝送されるIPネットワーク内では高精度な時刻同期が求められています。
既存の放送システムの多くで同期信号としてBlack Burst Signal(BB信号)を利用しています。別の呼称としてGENLOCK、REFERENCE(REF)、SYNCなどがあります。この信号を基準として位相と周波数を決定することで高精度な同期を行っています。これと同様な同期技術としてIPで実現する方法としてSMPTE ST 2110規格の中でSMPTE ST 2059にて規定されているPTPがあります。

■時刻源

IPネットワークでの時刻同期として使われるPTPはナノ秒レベルでの同期精度があります。そのため、その時刻配信元となる時刻源も非常に重要な要素となります。時刻源の選択には精度も重要ですが、利用環境に依存した選択可否、例えば電波が届かないような施設内であったり、屋外でも高層ビルなどの遮蔽物があったりなど利用場所も合わせて検討が必要となります。

GNSS: Global Navigation Satellite System(GPSなど)
衛星を利用した位置管理システムで、カーナビ、携帯電話にも搭載されています。
GPS衛星からの電波を利用し高精度な時刻を提供できます。
GPSからの電波を受信できるアンテナの設置が必要で、屋内や地下などでの使用が難しい点は理解しておく必要があります。

光テレホンJJY
情報通信研究機構(NICT)が運営している電話回線を使った標準時提供サービスです。
これまで一般的に利用されてきたテレホンJJYのサービスが2024年3月末にサービス終了することもあり、光電話回線を利用したサービスとして光テレホンJJYが開始されています。
GPSのように電波が届かない場所でも電話回線を敷設できれば時刻提供できますが、電話回線を利用する為の費用が別途必要になります。

長波JJY
情報通信研究機構(NICT)が運営している標準電波のサービスです。
標準電波(電波時計の電波)を使用し時刻修正可能ですが、毎年定期点検のための停波があるため、別の時刻源も用意しておく必要があります。GPSや光テレホンJJYに比較すると時刻修正精度は劣ります。

FM(NHK時報)
日本放送協会(NHK)が提供しているFM放送の時報サービスです。比較的安価に設置できますが、GPSや光テレホンJJYに比較すると時刻修正精度は劣ります。

タイムサーバ内部時計
万が一災害などで時刻源として使用しているGPSや光テレホンJJYなどと同期できなくなった場合のバックアップや、外部との通信ができないような環境だった場合はグランドマスタークロックとして動作させるタイムサーバの内部の時計を使う必要があります。そのため、タイムサーバの選定では搭載している原子時計素子などの精度も確認しておくことが重要となります。

■PTP ベーシック

PTPの仕組み
PTPは階層型のマスタースレーブアーキテクチャで動作します。
つまりマスターとなる機器の時刻にスレーブとなる機器が時刻を合わせる仕組みになっています。そのためマスターとなる機器の最上位になるグランドマスター(PTPタイムサーバ)はGPSなど高精度な時刻源と同期している必要があります。

マスターにスレーブがどのように時刻同期するかを示したのが下図です。

2つの機器間で200nsの時刻の差があったとします。
まずマスターからスレーブに対してSyncパケットを送ります。このパケットにマスターのタイムスタンプT1が含まれます(Two-Stepモードの場合はFollow-upパケットに正確に測定しなおした時刻情報を含める)。
スレーブはSyncパケットを受信した自身の時計での時刻T2を記録しておきます。
スレーブはDelay Requestパケットをマスターへ送信します。このパケットにはスレーブのタイムスタンプT3が含まれます。
マスターはDelay Requestを受信した自身の時計での時刻T4を記録します。その後T4の時刻情報を載せたDelay Responseパケットをスレーブへ送信します。
これによりスレーブ側でT1、T2、T3、T4の時刻情報が揃い、下記のような計算でマスターからのOffset(時刻のズレ)を算出します。

T2-T1 = 350
T4-T3 = -50
(T2-T1) + (T4-T3) = 350 + (-50) = 300
300/2 = 150
となり片方向通信の遅延は150ns
(T2-T1) – 150 = 200
となりマスター からのOffsetは200nsと判ります。スレーブはこのOffset分の時刻修正をすることでマスターに同期できた状態となります。

細かい仕様ではありますが、PTPのSyncには2つの動作モードがあります。

One-Step モード:Sync にT1 を埋め込んで送信

Two-Step モード:Sync の後にT1 を埋め込んだFollow_Upを送信

Syncモードは、通信量が少ないOne-stepモードの方が優れていますが、まだOne-stepモードをサポートする機器が少ない為、Two-stepモードでの動作を基本的には理解しておくとよいでしょう。

プロファイル
PTPにはいくつか種類があり、使用される業界分野によってプロファイルという形で分類されています。
DefaultプロファイルではIEEE1588にて規格化されています。基本的にはこれで定義された方法をベースとして他のプロファイルは業界分野ごとにカスタマイズしています。
例えばテレコム関連のプロファイルではITU-Tにて、車載用などの産業分野のプロファイル(gPTPと呼称される)ではIEEE802.1ASにて標準規格化されています。
映像配信分野向けプロファイルではSMPTE ST2059にて標準規格化されています。
PTPという同じパケットフォーマットですが、方式や通信方法が異なるため基本的に互換性はないですので、放送分野向けのPTPプロファイルに対応しているかを確認してネットワーク機器を選定する必要があります。

■役割

PTPはマスタースレーブアーキテクチャで同期しますが、ネットワークは複数の機器が繋がりますので役割を分けて階層型にして同期させます。役割は下記のように分類されます。
OC(Ordinary Clock)
PTPポートを1つだけ持つノードのことで、下記の2つに分類できます。

・OC Master:マスターポートを持つ機器
(例 タイムサーバなどのグランドマスタークロック)

・OC Slave :スレーブポートを持つ機器
(例 カメラなどのEdge接続デバイス)

BC(Boundary Clock)
Boundary Clockは上位のマスターに対してスレーブとして動作して自身のクロックを補正し、下位に接続されるスレーブに対してはマスターとして動作します。グランドマスタークロックに複数の機器を同期させる際にPTPを分配するために使われます。スレーブとなる機器が多数ある場合に、グランドマスターの代わりにマスターの役割を担うので、グランドマスターに掛かる負荷を分散することができます。

TC(Transparent Clock)
Transparent Clock はスイッチ内を通過するPTPパケットの転送にかかった時間を計測し、PTPパケットの Correction Field (CF) に書き込みつつ転送する動作をします。つまりPTPノードとはならずPTP通信を終端しない、転送のみ可能とします。BCと同じようにグランドマスタークロックに複数の機器を同期させる際にPTPを分配するために使われますが、マスターの役割はできないため、上位のマスターとなる機器にPTPパケット処理を委ねます。

■PTPマスター選出方法

役割としてマスターになることが可能な機器が複数あるネットワークが構成可能です。PTPにはどの機器がより上位のマスターであるかを選出する仕組みがあります。

BMCA(Best Master Clock Algorithm)
グランドマスターやBCなどのマスターになり得るデバイス間でアナウンスメッセージをやり取りして、ベストなマスターを選出します。これにより各デバイスのポートがマスター、スレーブを決定して階層構造で構成されることになります。
このアナウンスメッセージには下記パラメータが含まれており、1から順に比較が行われ、値が小さい方が優先されます。

1.Priority1
: 任意の値を設定でき、グランドマスターにしたい機器は最小に設定します
2.Clock Class
:時刻源に同期している状態かどうかを示します
3.Clock Accuracy
:機器固有の値でクロック精度を示します
4.Clock Variance
:クロックのばらつきを示します
5.Priority2
:任意の値を設定でき、1-4で評価できなかった際に使います
6.Unique Identifier
:他の全ての値で評価できなかった場合は一意の値としてUUID(NICのMAC Address)で評価します

基本的に任意で設定できる値はPriority1とPriority2となります。グランドマスターの候補にしたい機器は Priority1を「1」など小さい値(最小値の「0」は強制的に切り替えたい場合などに備えて通常は使わないのが一般的です)で揃えておき、その候補の中でアクティブ、バックアップとするグランドマスターは Priority2で値に差をつけておくことで任意のグランドマスターを優先するように設計するということが可能です。

■サンプル構成

上図は映像配信分野のネットワークのサンプル構成にPTPの役割を記載しています。グランドマスターのすぐ配下にBCを置くことでクロックを分配する構成となっています。EdgeデバイスにはSDI-IPコンバータなどを設置してその先にカメラやスイッチャーをつなぐことで、システム全体で時刻同期が出来た状態にします。ネットワークの冗長を検討する際は、GPSアンテナの冗長、グランドマスターのPTPタイムサーバの冗長、2面のネットワークにどう分配するかなど考慮点が多くなりますが、耐障害性とコストの面からも検討して選択する必要があります。

■弊社での取組み

前述してきたように、PTPは規格標準化されている技術で、映像配信分野向けの規格をサポートしているネットワーク機器があります。実装方法がメーカによって異なるため業界各所で正常に相互接続可能かの検証がたびたび実施されています。
弊社でもPTPの相互接続検証として、セイコーソリューションズ社のタイムサーバと、シスコシステムズ社とアリスタネットワークス社のネットワークスイッチとの同期の実証実験を行いその正常動作性を確認しております。
また、実際にSDI映像信号をIPに変換しIPネットワークで伝送、受信側でSDIに再変換してモニタに映像を映すといったデモをお見せできる環境もご用意しております。

■最後に

映像配信分野でのIP技術の利用に対して期待が高まる中、SMPTE2110など標準規格化なども進んでおり、よりオープンで柔軟なIPネットワークが利用できるようになってきました。今回はそのなかで使われる技術の一つであるPTP について紹介しました。
PTPを使うことで高精度な時刻同期が実現でき、ライブプロダクションシステムをIPネットワークで構築することを可能にしています。
しかしその一方で、いくつか課題も見えてきています。
PTPの仕組み上、マスターとスレーブ間の遅延時間は双方向通信の合計値の半分として算出することから、いわゆる非対称ネットワーク(双方向通信で別々の経路)となるような環境下では正確な時刻同期が行えないため、ネットワーク設計が重要です。
また、PTPはJitter(遅延の揺らぎ)にも強くないため、PTPの階層が多段になる構成であったり、長距離伝送であったりなど遅延の算出の誤差が大きくなる要因が重なると同期できなくなる場合があるため、事前の検証も重要になります。
長距離伝送の方法についても現状選択肢が少ないのが課題になっています。インターネット回線やIP-VPNサービスなどの比較的低コストなWANサービスでは不特定多数のネットワーク機器を経由するためPTPでの同期が難しい状況にあります。もう一つの選択肢としてダークファイバーなどを直接繋げる専用線がありますが、スポーツ中継など数百km~数千kmもの長距離接続が想定されるため、距離に比例したコスト体系の専用線の導入はすぐには難しい状況と言えます。こういった課題に対して回線サービス会社での新たなサービス提供、たとえばPTPによる時刻同期を可能にした回線提供などにも期待が高まってきています。
映像配信分野で同期技術としてPTPを使うことが可能であることは実証されておりますので、これから本格的な利用に向けての課題解決の検討が業界全体で進むことが期待されています。

執筆者プロフィール

鈴木 俊吾

ネットワンシステムズ株式会社 ビジネス開発本部
第1応用技術部 第2チーム 所属

データセンターネットワーク分野を核とした最先端テクノロジーに関する調査・検証と共に、新しいソリューションの提案および導入を技術支援する業務に従事。
最近では、放送業界の IP 化に向けた技術調査・検証も行っている

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