第3回 SNRの頻度分布と累積確率分布から見た選択ダイバーシチ受信の実験結果 ~実験的検討に挑戦!どこのメーカも具体的に示していない無線LAN製品におけるダイバーシチ受信の性能状況 その3~

ビジネス推進本部 第1応用技術部
スイッチワイヤレスチーム
松戸 孝

本コラムは、どこのメーカも具体的に示していない無線LANアクセスポイント製品のダイバーシチ受信の性能状況を試行錯誤して実験的に検討した挑戦記の第3回です。前回の第2回では、無線LAN通信の受信性能の理想を追求するための技の1つとして、無線LAN通信の親局である無線LANアクセスポイント(以下APと記載します)や子局である無線LANクライアント端末(以下CLと記載します)の受信装置系に具備されているマルチパスフェージング対策の技である「選択ダイバーシチ受信」について、その性能状況を実験的に把握することに挑戦しました。しかしながら、屋内の事務所のフロア環境において実験によって受信部で測定された受信電力と雑音電力の比であるSN比(以下SNRと記載します)を距離系列として表現したグラフ形式では、選択ダイバーシチ受信による性能改善の効果が見えそうで、見えない、あいまいな状況でした。

今回の第3回では、実験で得られたSNRの測定データを、頻度分布と累積確率分布という、別の方法でデータ解析して、選択ダイバーシチ受信の性能状況を明らかにしていきます。

連載インデックス

(1)SNRの頻度分布とは?

SNRの頻度分布とは、ある区間内で測定されたSNRのデータについて、どのSNRの値が何回受信されたかという視点で表現したグラフです。ある区間は、一般的には、距離の長さ、または、時間の長さです。SNRの頻度分布を使うと、そのグラフの形から、例えば、異なる場合で測定された2種類のSNRの測定データを直感的に比較しやすくなります。
本コラムの第2回の図2のグラフは、上段(1本のアンテナによる受信部で測定したSNR)と下段(2本のアンテナを用いた選択ダイバーシチによる受信部で測定したSNR)の各々において、距離が2.28m区間内で測定された489個のSNRのデータについて、横軸を距離として表現しています。この489個のSNRのデータは、489回受信したSNRのデータであると解釈できますので、視点を変えて、横軸をSNR、縦軸を各SNRの値の受信回数としたグラフに表現しなおしたのが図1です。
つまり図1は、SNRの頻度分布です。同図の点線は1本のアンテナによる受信部で測定したSNRの頻度分布(SNRのデータ総数は489個)、同図の破線は2本のアンテナを用いた選択ダイバーシチによる受信部で測定したSNRの頻度分布(SNRのデータ総数は489個)を、各々示しています。

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図1. 1本のアンテナによる受信部で測定したSNRの頻度分布(点線、SNRのデータ総数は489個)と、2本のアンテナを用いた選択ダイバーシチによる受信部で測定したSNRの頻度分布(破線、SNRのデータ総数は489個)

図1からは、次のことがわかります。
①SNRが概ね39dB(これは、受信電力が雑音電力よりも、約7943倍大きいという意味です)程度から概ね44dB(これは、受信電力が雑音電力よりも、約25119倍大きいという意味です)程度の間の状況では、SNRの受信回数は、2本のアンテナを用いた選択ダイバーシチによる受信部で測定した場合(破線)が、1本のアンテナによる受信部で測定した場合(点線)より、少ない。
一方、SNRが概ね44dB程度より大きい状況では、SNRの受信回数は、2本のアンテナを用いた選択ダイバーシチによる受信部で測定した場合(破線)が、1本のアンテナによる受信部で測定した場合(点線)より、多い。
そして、SNRの頻度分布は概ね山の形になっているが、2本のアンテナを用いた選択ダイバーシチによる受信部で測定した頻度分布の山の形(破線)が、1本のアンテナによる受信部で測定した頻度分布の山の形(点線)より、横軸の右側、即ち、SNRが大きい方向へ移っている。
⇒SNRが概ね39dB程度より大きい状況では、1本のアンテナによる受信に対して、2本のアンテナを用いた選択ダイバーシチ受信によってSNRの改善があると理解できます。

②SNRが概ね39dB程度より小さい状況の受信回数は減少していくが、2本のアンテナを用いた選択ダイバーシチ受信によるSNRの最小値は、1本のアンテナによる受信のSNRのそれより、数dB小さい。
⇒SNRが概ね39dB程度より小さい状況の受信回数は少ないので、統計的に断定はできないと考えられますが、図1の実験結果の範囲では、1本のアンテナによる受信に対して、2本のアンテナを用いた選択ダイバーシチ受信によってSNRの変動を抑制する効果は見えにくいと理解できます。

(2)SNRの累積確率分布とは?

SNRの累積確率分布とは、SNRの頻度分布を基礎にして、SNRの測定データをより定量的に把握するためのグラフです。SNRの頻度分布において、SNRの受信回数をSNRの小さい側から累積していき、その累積値をSNRのデータ総数で割り算して百分率で表現したグラフです。直感的には、SNRの頻度分布の概ね山の形全体の面積を100%としたときに、SNRの小さい側から広がってきた面積が全体の面積の何%の広さになっているかを表現していると理解できます。

図2は、図1のSNRの頻度分布を基礎にして、横軸をSNR、縦軸をSNRの最小値から各SNRまでの累積受信回数をSNRのデータ総数(489個)で割り算して百分率の累積確率として表現したグラフです。つまり図2は、SNRの累積確率分布です。同図の○印は1本のアンテナによる受信部で測定したSNRの累積確率分布(SNRのデータ総数は489個)、同図の×印は2本のアンテナを用いた選択ダイバーシチによる受信部で測定したSNRの累積確率分布(SNRのデータ総数は489個)を、各々示しています。

無題
図2. 1本のアンテナによる受信部で測定したSNRの累積確率分布(○印)と、2本のアンテナを用いた選択ダイバーシチによる受信部で測定したSNRの累積確率分布(×印)。累積確率100%=SNRのデータ総数489個のとき。

図2からは、次のことがわかります。
①累積確率が概ね10%程度以上においては、2本のアンテナを用いた選択ダイバーシチによる受信部で測定したSNR(×印)が、1本のアンテナによる受信部で測定したSNR(○印)より大きい。例えば、累積確率50%のSNRに着目すると、1本のアンテナによる受信に比べて、2本のアンテナを用いた選択ダイバーシチによる受信のほうが、約1dB大きい(これは、約1.3倍大きいという意味です)。
⇒累積確率が100%とは、SNRのデータ総数489個のときであり、また、そのSNRの各データは測定した区間の長さの2.28m内に、ほぼ均等に存在しています。それゆえ、累積確率が概ね10%程度以上におけるSNRとは、2.28mの区間内の約90%(=100-約10(%))を占める場所内のどこかにおいて測定されたSNRと同じです。従って、SNRを測定した2.28mの区間内の約90%を占める場所においては、1本のアンテナによる受信に対して、2本のアンテナを用いた選択ダイバーシチ受信によってSNRの改善があると理解できます。但し、その改善効果は、即ち、ダイバーシチ利得は、例えば、累積確率50%のときには約1dBであり、小さいと理解できます。

②累積確率が概ね10%程度未満においては、2本のアンテナを用いた選択ダイバーシチによる受信部で測定したSNR(×印)が、1本のアンテナによる受信部で測定したSNR(○印)より小さい。例えば、累積確率1%のSNRに着目すると、1本のアンテナによる受信に比べて、2本のアンテナを用いた選択ダイバーシチによる受信のほうが、約1dB小さい(これは、約1/1.3に減少という意味です)。
⇒SNRを測定した2.28mの区間内の約10%を占める場所においては、1本のアンテナによる受信に対して、2本のアンテナを用いた選択ダイバーシチ受信によるSNRの改善はないと理解できます。なお、この累積確率が概ね10%程度未満は、SNRが概ね39dB程度より小さい状況ですが、その受信回数が少ないので、例えば、2本のアンテナを用いた選択ダイバーシチによる受信でもSNRの劣化を救えない状況が発生してしまい、それが目立っている可能性もあります。

(3)実験での測定諸元の概要等

(3-1)送信部
① AP(1台):自律型 Cisco AP1240AG
② アンテナ(1本):Cisco ANT5135D-Rダイポール(APのPrimary Port-Right接続)
③ アンテナコネクタ中心の床面からの高さ:0.72m

(3-2)受信部
① AP(電波は送信しない受信専用装置として動作、1台):集中制御型 LAP1242AG
② アンテナ(1本)の場合:Cisco ANT2524DW-R Dual-bandダイポール(APのPrimary Port-Right接続)
③アンテナ(2本)の場合:Cisco ANT2524DW-R Dual-bandダイポール(APの2つのPort(RightとLeft)に接続して選択ダイバーシチ受信が動作)、2つのアンテナ間隔=6.5cm=約1.15波長(実験で利用した5GHz 帯無線LAN のチャネル番号60(中心周波数 5,300MHz)の波長に対して)
④ アンテナコネクタ中心の床面からの高さ:1.04m

なお、実験方法の詳細については、下記項目の関連記事の第2章に記載のとおりです。

まとめ

実験で得られたSNRの測定データを直感的に、さらに、定量的に把握しやすくするために、頻度分布と累積確率分布という方法でデータ解析して、「選択ダイバーシチ受信」の性能状況を明らかにしました。APやCLの受信装置系におけるSNRの劣化を引き起こすマルチパスフェージングへの対策として、実験結果からは、「選択ダイバーシチ受信」によるSNRの改善はあると確認できますが、その改善効果は小さいと理解できました。
安定して快適な無線LAN通信を実現するための空間ダイバーシチ技術は、IEEE802.11abg規約時代の無線LAN製品に採用された「選択ダイバーシチ受信」から、その後のIEEE802.11n規約時代の無線LAN製品では「最大比合成(Maximal Ratio Combining: MRC)ダイバーシチ受信」の採用へ進化してきています。そこで、この後の本コラムでは、「最大比合成(Maximal Ratio Combining: MRC)ダイバーシチ受信」について、その性能状況を実験的に明らかにしていきます。
なお、その前に、次回は、本コラムの第1回から既に、しばしば登場している、dB(デシベル、または、デービーと発音)という単位 について、極力、わかりやすくなるような解説に挑戦します。

関連記事

・松戸孝、宇都宮光之、田中政満、中野清隆、丸田竜一、力石靖、山下聖太郎、”シスコシステムズ社製無線LANアクセスポイントCAP3602Eの最大比合成( Maximal Ratio Combining:MRC)ダイバーシチ受信性能の実験的検討 -より信頼性の向上した無線LAN の実現を目指して”(第1回 シスコテクノロジー論文コンテスト最優秀賞受賞論文 ネットワンシステムズ社員執筆記事)
https://www.netone.co.jp/report/press.html
https://www.netone.co.jp/wp-content/uploads/2012/04/matsudo_et_al1.pdf 2013年7月12日
http://www.cisco.com/web/JP/partners/ronbun/1st/index.html#2 2013年7月12日

執筆者プロフィール

松戸 孝
ネットワンシステムズ株式会社 ビジネス推進本部 第1応用技術部 スイッチワイヤレスチーム
所属
無線LANの製品担当SEとして製品や技術の調査、検証評価、技術者の育成、及び、提案や導入を支援する業務に従事
・第一級無線技術士
・第1回 シスコ テクノロジー論文コンテスト 最優秀賞
・第2回 シスコ テクノロジー論文コンテスト 特別賞
・第3回 シスコ 論文コンテスト 特別功労賞

イベント/レポート

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