第2回 選択ダイバーシチ受信 ~実験的検討に挑戦!どこのメーカも具体的に示していない無線LAN製品におけるダイバーシチ受信の性能状況 その2~

ビジネス推進本部 第1応用技術部
スイッチワイヤレスチーム
松戸 孝

本コラムは、どこのメーカも具体的に示していない無線LANアクセスポイント製品のダイバーシチ受信の性能状況を試行錯誤して実験的に検討した挑戦記の第2回です。前回の第1回では、安定して快適な無線LAN通信を実現するための理想と現実のお話をしました。無線LAN通信の親局である無線LANアクセスポイント(以下APと記載します)や子局である無線LANクライアント端末(以下CLと記載します)における受信性能の理想は、受信電力と雑音電力の比であるSN比(以下SNRと記載します)が大きいこと、また、その変動が小さくて、極力一定であることです。しかしながら、屋内の事務所のフロア環境におけるAPやCLが直面する無線LAN電波の現実は、空間的に電波の強い所や弱い所の濃淡とも言える状況、即ちマルチパスフェージングの状況が、あたり前に発生していて、SNRを大きく変動させていることを実験結果としても確認できました。

今回の第2回では、無線LAN通信の受信性能の理想を追求するための技の1つとして、APやCLの受信装置系に具備されているマルチパスフェージング対策の技である「選択ダイバーシチ受信」について、その性能状況を実験的に明らかにしていきます。

連載インデックス

(1)選択ダイバーシチ受信とは?

安定して快適な無線LAN通信を実現するためには、APやCLの受信装置系におけるSNRの劣化を引き起こすマルチパスフェージングへの対策が必要になります。APとCLに実装されているマルチパスフェージングへの対策がダイバーシチ受信と呼ばれる電波を受信する装置系での技術です。
無線LAN通信では空間ダイバーシチ受信と呼ばれる技術が採用されています。ここで、本コラムの第1回の図1を思いだしてください。同図は、屋内の事務所のフロア環境における実験によって測定されたマルチパスフェージングの状況、つまり、実験で確認した無線LAN電波の現実です。同図の横軸の中央から右側の場合には、マルチパスフェージングが発生している状況であり、ある場所では、電波強度(受信電力やSNR)が低いのに、ほんの少しはなれた場所では電波が強いという状況になっています。この状況下では、一つの受信アンテナでは電波強度の劣化が激しい場合でも、少し離れた場所にもう一つの受信アンテナを置けば、どちらか一方は良好な受信特性であることが期待できます。このように複数の受信アンテナを電波強度の変動が無相関になる程度に離して置き、その受信出力を選択または合成する受信技術が空間ダイバーシチ受信です。
そして、空間ダイバーシチ受信の一つの方法として、電波強度(受信電力やSNR)が最も高い受信アンテナを選択し、切り替えて使う方法が選択ダイバーシチ受信です。図1は、2本の受信アンテナがある場合の選択ダイバーシチ受信の概念図です。

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図1. 選択ダイバーシチ受信の概念図

選択ダイバーシチ受信は、実装する場合の構成が簡単なので、マルチパスフェージング対策として、初期のIEEE802.11b規約の無線LAN製品からも実装されており、その後のIEEE802.11ag規約時代にも継続して無線LAN製品に実装されてきています。例えば、IEEE802.11abg規約対応のシスコシステムズ社製のAPのLAP1242AGにも、選択ダイバーシチ受信が実装されています。LAP1242AGは、2.4GHz帯(11bg)向け受信用にアンテナが2本、実装されていて、選択ダイバーシチ受信により、どちらか1本の受信アンテナからの信号が復調されて利用されています。LAP1242AGの5GHz帯(11a)向け受信用アンテナも2本が実装されていて、5GHz帯(11a)でも2.4GHz帯(11bg)と同様に選択ダイバーシチ受信が動作しています。

(2)実験で確認した無線LANのAP製品の選択ダイバーシチ受信の性能状況

図2は、屋内の事務所のフロア環境において実験によって測定されたマルチパスフェージングの状況です。同図の上段には1本のアンテナによる受信部で測定したSNRを、同図の下段には2本のアンテナによる選択ダイバーシチによる受信部で測定したSNRを、各々示しています。
実験方法の概要は、本コラムの第1回の図1の場合と同様です。送信部のAP(送信アンテナは1本、水平面内無指向性)は、5GHz 帯無線LAN のチャネル番号60(中心周波数 5,300MHz)のIEEE802.11a規約の電波でビーコン(APとの通信に必要になる様々な基本情報)を 20ミリ秒間隔で連続的に送信しています。図2は、送信部のAPから11.7m離れた距離における受信部(APを電波は送信しない受信専用装置として動作、水平面内無指向性の受信アンテナが1本の場合、または、2本のアンテナによる選択ダイバーシチ受信の場合)で測定したSNRです。受信部は台車の上に載せてあり、SNRの測定中は、人がその台車を(つまり受信部を)概ね一定の速度でゆっくりと水平移動させています(約10秒間かけて2.28mの距離を移動、移動方向は送信部と受信部を結ぶ軸線に直角方向)。受信部は、1本のアンテナによる受信の場合も、2本のアンテナによる選択ダイバーシチ受信の場合も、同じ測定経路を台車に載せて移動させています。

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図2. 1本のアンテナによる受信部で測定したSNRと、2本のアンテナによる選択ダイバーシチによる受信部で測定したSNR

図2からは、次のことがわかります。

①台車がゆっくり移動して、つまり受信部の位置が移動すると、その位置変化に伴い、1本のアンテナによる受信の場合も、2本のアンテナによる選択ダイバーシチ受信の場合も、受信電力と雑音電力の比であるSNRは、変動しています。
⇒受信部の移動による空間的変化に伴い、マルチパスフェージングが発生していると理解できます。
②SNRの変動幅は、例えば、細かい変動については、2本のアンテナによる選択ダイバーシチ受信の場合が、1本のアンテナによる受信の場合より、やや小さいように見えます。また、SNRは変動していますが、平均的には、その大きさは、両方の場合で、同じようにも見えます。
⇒しかしながら、図2に示されたSNRを距離系列として表現したグラフ形式では、2つの場合を目視によって比較して、その差異を把握することは、なかなか難しいと理解できます。
そこで、図2に示されたSNRの測定データを、別の方法でデータ解析を試みることにします。SNRの測定データを、頻度分布と累積確率分布として表現してみます。この別の方法によるデータ解析については、次回に述べることにします。

(3)実験での測定諸元の概要等

(3-1)送信部
① AP(1台):自律型 Cisco AP1240AG
② アンテナ(1本):Cisco ANT5135D-Rダイポール(APのPrimary Port-Right接続)
③ アンテナコネクタ中心の床面からの高さ:0.72m

(3-2)受信部
① AP(電波は送信しない受信専用装置として動作、1台):集中制御型 LAP1242AG
② アンテナ(1本)の場合:Cisco ANT2524DW-R Dual-bandダイポール(APのPrimary Port-Right接続)
③ アンテナ(2本)の場合:Cisco ANT2524DW-R Dual-bandダイポール(APの2つのPort(RightとLeft)に接続して選択ダイバーシチ受信が動作)、2つのアンテナ間隔=6.5cm=約1.15波長(実験で利用した5GHz 帯無線LAN のチャネル番号60(中心周波数 5,300MHz)の波長に対して)
④ アンテナコネクタ中心の床面からの高さ:1.04m

なお、実験方法の詳細については、下記項目の関連記事の第2章に記載のとおりです。

まとめ

安定して快適な無線LAN通信を実現するためには、APやCLの受信装置系におけるSNRの劣化を引き起こすマルチパスフェージングへの対策として、電波強度(受信電力やSNR)が最も高い受信アンテナを選択し、切り替えて使う方法である選択ダイバーシチ受信が採用されていることを述べました。
そして、屋内の事務所のフロア環境において実験によって測定されたSNRを距離系列として表現したグラフ形式で、1本のアンテナによる受信部で測定した場合と、2本のアンテナによる選択ダイバーシチによる受信部で測定した場合で比較してみました。しかしながら、SNRを距離系列として表現したグラフ形式では、2つの場合を目視によって比較して、その差異を把握することは、難しいと理解できました。そこで、SNRの測定データについて、別の方法でデータ解析を試みることにしました。
次回は、実験で得られたSNRの測定データを、頻度分布と累積確率分布という、新たな方法でデータ解析して、選択ダイバーシチ受信の性能状況を明らかにしていきます。

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・松戸孝、宇都宮光之、田中政満、中野清隆、丸田竜一、力石靖、山下聖太郎、”シスコシステムズ社製無線LANアクセスポイントCAP3602Eの最大比合成( Maximal Ratio Combining:MRC)ダイバーシチ受信性能の実験的検討 -より信頼性の向上した無線LAN の実現を目指して”(第1回 シスコテクノロジー論文コンテスト最優秀賞受賞論文 ネットワンシステムズ社員執筆記事)
https://www.netone.co.jp/report/press.html
https://www.netone.co.jp/wp-content/uploads/2012/04/matsudo_et_al1.pdf
http://www.cisco.com/web/JP/partners/ronbun/1st/index.html#2

執筆者プロフィール

松戸 孝
ネットワンシステムズ株式会社 ビジネス推進本部 第1応用技術部 スイッチワイヤレスチーム
所属
無線LANの製品担当SEとして製品や技術の調査、検証評価、技術者の育成、及び、提案や導入を支援する業務に従事
・第一級無線技術士
・第1回 シスコ テクノロジー論文コンテスト 最優秀賞
・第2回 シスコ テクノロジー論文コンテスト 特別賞

イベント/レポート

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