IoTとBIG DATAを語る

ICTの最前線を能舞台で語りあう

ICTの最前線を能舞台で語りあう
シテの語る思いにワキが耳を傾け、物語化していく。これが能楽の基本構造。来るべきIoT時代にネットワンが目指している役割は、じつはこのワキと非常に似通っている。対談の舞台はそんな発想で選ばれた。

データには「解釈」と「納得」が必要である

松岡(以下M) IoTの登場によって、マーケットがグローバルサイズにまで広がってひとつになっていく。これは、すべてのデバイスや情報が連携してシームレスに連動するようになるということでもありますね。そのための技術は、もうだいたい揃ってきたんでしょうか。

吉野(以下Y) 新しい技術が必要な領域は、まだあると思います。たとえば「リアルタイム」という言葉がもつ意味は、業界によってかなり違います。センサーから情報をアップロードするタイミング、距離、(データセンターの置かれている場所との)時差、こういったものがすべて関わってくるんですね。これらはIoTが普及していく上での大きな課題になると思っています。

 たとえば「カイゼン」というコンセプトは、生産ラインを細かいところまで徹底的に見直すことで生産性を上げる、あるいは生産ラインそのものを安定させることを目的としてきました。こうしたプロセスはかなり自動化もされています。ところがそれ以外の領域、たとえばグローバルな工場システムの管理などに関しては、日本ではまだまだ属人的な管理がメインになっている。ある特定の人物、工場長やエンジニアといった人たちが、そのつど判断をしてシステムを動かしているんです。

 ところが全体最適化を考えたときには、それではカバーできない時代になってしまっているんですね。いまや全体最適の「全体」とは、グローバルを意味するようになっていて、ある工場内だけでなく世界中の生産拠点すべてがインターネットでつながっている。それぞれの工場にいくら優秀な工場長やエンジニアがいても、このグローバル・システム全体の最適化を行うことはできないでしょう。企業にとっては、こうしたことも課題になってくるわけです。

M 「カイゼン」など世界に先行するアイディアをもっていたにもかかわらず、なぜ日本はIoTをリードすることができなかったんでしょうか。これは日本にとっての大きな課題だと思います。コンビニのPOSシステムのように、いち早くIoTの核になるようなものをもっていたのに、それを発展させることができなかった。シリコンバレーの企業に戦略的アジェンダを大々的に発表されてしまいましたね。

Y 私が疑問に思うのは、なぜ工場ラインの情報を営業情報や在庫情報とリアルタイムでつながないのだろうか、ということなんです。情報をリアルタイムでつないで何が可能になるかというと、たとえば物販という業態では過去の販売実績、納期、在庫情報、天候、その他各種情報をリンクさせたリアルタイムでの生産調整が可能になります。それは世界規模で自動的に連動させることも可能なんですね。こんなことを言うとビジネスを知らない人間が生意気言うなと怒られるかもしれませんが(笑)。

 たとえば納期に3カ月かかるプロダクトがあるとします。これを2週間で作ることはできないんでしょうか。それは需要の問題でしょうか、それとも生産キャパの問題なんでしょうか。私はネットワークがつながっていないことに根本的な問題があると考えています。ネットワークですべての情報をリアルタイムでつなぐことによって、従来3カ月だった納期が2週間に短縮される。IoTによって、こうしたことも可能になるでしょう。そう考えると「リアルタイム」というのはIoTにおける、かなり重要なキーワードなんですね。

M 情報、データに関しては「解釈」と「納得」が必要なので、リアルタイムをどう定義するかというのは、なかなか難しい問題です。単にハードや通信がリアルタイムになっているというだけではダメで、感覚的に認知して活用できる状態までもっていかないと、IoTの目指すリアルタイムにはなっていかない。むしろリアルタイムというのはひとつの時間軸ではなく、千差万別であっていいんです。

Y シリコンバレーの場合、IoTというキーワードは完全に経営から下りてきています。企業のトップが「これからの新しい事業形態はこうあるべきだ」と考えて、そのための手段としてインプリメンテーション(※新しい手法の採用、システムへの組み込み、仕様変更などのこと)が始まっていく。これはどの企業でもかならずそうです。

M ということは、IoTは単なる新規事業部門のようなものではなくて、未来の事業形態をトップが描くことから始まる。彼らにとってはマネージメント・システムの本質を変えるような話と直接つながっていることになりますね。

Y おっしゃるとおりです。たとえばGE(ゼネラル・エレクトリック)が2015年の7月に「上下水道のセンサーを使ったIoTを日本市場でも展開していきたい」という発表をしました。いまのGEというのはシステム・アーキテクチャーの会社であって、目に見えるデバイス、上下水道の場合なら流量計だけを売るというような企業ではありません。

 上下水道の流量は24時間365日、ユーザーによって変わります。それを属人的に見ていくのではなく、システム管理に任せた方がコストも下がるし、安全になりますよ、というきわめてネットワーク的なアプローチのしかたを採っているわけです。日本にも複数のセンサーメーカーさんがありますが、残念ながらまだそういうアプローチを採っているという例は聞いたことがありません。高性能センサー、世の中にないようなセンサーを続々とつくっているにもかかわらず、センサーを採用した工場、あるいは販売、在庫、調達などすべてを含めたシステムのなかで、それをどう役立てるのかといった発想が出てきていないんです。

M いままで情報には、さまざまなVがあるということが言われてきました。バラエティ(Variety=多様性)、ボリューム(Volume=情報の規模)、ベロシティ(Velocity=処理速度)というようなVですが、いよいよそこにバリュー(Value=付加価値)というVが必要になってきていると思います。だとすると、そこを決めていくのは経営者の役割です。ビッグデータがバリューそのものであるとするならば、経営がそれを内包すべきだということになる。だからこそシリコンバレーではトップがIoTを続々と採り入れ始めているわけですね。

Y そういうことだと思います。

吉野孝行

吉野孝行 Takayuki Yoshino|ネットワンシステムズ代表取締役 社長執行役員
1951年富山県生まれ。日本電気エンジニアリング、東京エレクトロンなどを経て、2003年、日本シスコシステムズ取締役常務執行役員に。2007年、ネットワンシステムズに入社し、2008年、代表取締役社長に就任。

「カイゼン」から「編集」へ。待望される日本型IoT

M いま、タイムラグやリアルタイムといったキーワードがこれからの大きな課題になるというお話が出ましたが、さらに、そこに日本的なセンサーがもうひとつあっていいと思います。たとえば料亭なら、お客ごと、場面ごとに変えて料理を出すという心配り。さらに出す料理も、季節感のある旬のものと伝統的な加工品の使い分けによって「刻〈とき〉」というものを、きわめて繊細に切り分けてきましたね。

 一様のタイムスケジュール、タイムテーブルに乗っ取ってシステムをつくっているのではなく、部分ごとにそれぞれの時計があって、それを匠、板長、板前、寿司職人といった人たちが分けていく。コンビニのPOSデータ(※Point of Salesの略。どの商品が、どの場所で、何個売れたか、価格はいくらか、などの販売情報を指す。入力はコンビニエンスストアなどのPOSレジで行われ、このデータをネットワーク経由でサーバに集め、分析をおこなう。この全体を総称してPOSシステムと呼ぶ。)もそうですし、無印良品のような生活用品店も時間の長短を商品によって変えている。日本ではIoTで言うところのThings、モノのなかに時計が入っているんです。

 日本における「もの」ということばは、漢字で書くとThingsに対応する「物」もあれば、「霊」と書いて「もの」と読んだりもする。「ものさびしい」なんていうときの「もの」は、物ではなくて、気配が寂しかったり、気持ちが寂しいという意味です。板前とかセブンイレブンがわかっているのは、こっちの「もの」だと思います。

 「こと」ということばも同じで、たとえば葛城山に「事代主(ことしろぬし)」という神さまがいますが、これは「言代主」とも書く。つまりこの神さまは「こと=Things」をつかさどる神さまでであると同時に、ことばのエージェントでもあるんです。日本のコンサルティングにもそういった側面があるのではないでしょうか。精神医療でもフロイト的分析ではない、患者の話をどんどん聞いてあげるだけで癒やしてしまう森田療法(※森田正馬博士[1874~1938年]により考案された心理療法。確立されたのは1920年頃といわれる。)のようなものが日本にはありますね。

 こういったことを考えると、じつは日本的な「こと」「もの」には、刻〈とき〉、相手の心情、関係といったものが全部入っていて、それが生態系のように世界をつくっている。そういったものもIoTのセンサー技術で取り込んでリアルタイム化していくべきで、ここが海外との大きな違いになると思います。

Y 個別要素の改善という意味で言えば、日本の企業はものすごく進んでいるんです。だからこそ「カイゼン」は草の根レベルで世界中に普及して、非常に大きな影響を与えました。しかしいま問われているのは、その「カイゼン」を商売や開発といった要素とネットワークさせて、いかに次のステップにつなげていくかなんですね。ところがなかなかそうなっていかない。

M そうならないのは、なぜなんでしょう。

Y ネットワーク的な面でいえば、全体像が見えないということがまず大きな障壁になっていると思います。典型的な日本企業においては事務系の情報は事務系、技術系の情報は技術系、製造系は製造系というように、それぞれが別物の情報として個別のサーバに存在しています。情報がそこまでアイソレートされていたら、経営陣の人はまずそれをつなげて分析しようとはしないでしょう。

 たとえば生産技術というと、一般には非常に高い技術力と包容力をもった部署というイメージですが、そこで行われていることは営業部隊は見ることができないのが普通です。研究開発部門も別々に存在していて、いわゆるサイロ化された組織になってしまっている。縦割り組織にもお互い切磋琢磨するとか、そういった良い面があるのかもしれませんが、IoTやビッグデータの世界というのは本来シームレス構造になっていないと効果が出てこないものなんですね。ここにまず大きな壁があるわけです。

 製造系であれ情報系であれ、あるいは研究開発であれ、何をやったら有機的につながることができるのか。その結果、誰がうれしくて、どんなメリットがもたらされるのか。その答えがまだ見つかっていない状態なんだと思います。

M なぜそこを日本的な方法で突破することができないのか。問題はそこですね。

 いまはビッグデータもジャンルごとにアイソレートされた状態で、それぞれをアナリシス(分析)にかけることで、方向性を見いだすということをやっています。それがうまくいっていないのは、日本がもともともっている分類の装置、物語性や仮説性といったものが入っていないからだと思うんですね。そこで必要になってくるのは、あるポイントまできたら思い切って乗り換えて、分類を変えてしまうことです。

 石油の話だと思っていたり、ナイロンなどの合成樹脂の話だと思っていたり、鉄道の話だと思っていたものが、ある階層に達したらぱっと切り替わる。それは言い換えれば編集ということですが、そんなことが分析プロセスの中にもあっていい。

 ぼくはつねづね編集というのは「乗り換え」と「着替え」と「持ち替え」だと言っています。どこでトランジットして、着替えて、たとえばいままで石油の話だったものを鉄道の模様に着替えて、かつ乗客のコンフォータブルというものに分類を「持ち替え」ていくか。ここが重要なんですね。そう考えると、いまのビッグデータ処理の問題も、そもそもの分類方法から変えていくべきだということなのかもしれません。

松岡正剛

松岡正剛 Seigow Matsuoka|編集工学研究所 所長
編集工学研究所所長、イシス編集学校校長。80年代「編集工学」を提唱し、情報文化と情報技術をつなぐ研究開発に広く携わる。一方、日本文化研究の第一人者として独自の日本論「日本という方法」を展開。

グレーゾーンを活かし、新しい物語をつくる

M 吉野さんは常々、「世の中には黒と白だけではなく、その中間のグレーという領域があるはずだ」ということをおっしゃっています。そのグレーという領域のなかに技術、経営、さまざまなかたちでの可能性があるんだと。これは非常に興味深い発言です。日本的な心情など、まさに白黒では語れないものです。「利休鼠」という色の中には白も黒も侘びも寂びも、北原白秋の「雨」も「船頭」も(※利休鼠、雨、船頭は、いずれも北原白秋・作詞「城ヶ島の雨[1913年]」に出てくることば。)入っている。

Y グレーゾーンというのはなくすことはできないんですね。これはコミュニケーションにおける永遠の課題でもあると思います。話したことの100%を理解してもらえるかと言ったら、これは疑問符がつかざるを得ないでしょう。日本人の得意とする「あうんの呼吸」というのは、そこを「ぼかす」技術なんだと思います。

M ちょっと保留するとか、その件はさておきますが、などとやって、お気持ちはわかりましたと言っておく。全部グレーでやっていくという方法があるわけですね。ところが仕事で数字を上げていくためには、強引にグレーを白黒に変えていかざるをえない。吉野さんがおっしゃっているのは、だったらせめてお客さんとの関係に、いい意味でのグレーゾーンを広げておきなさいということなんじゃないですか。

Y そこまで恰好いいかはわかりませんが、そういうことです(笑)。

M ネットワンでは、どうIoTに移行していったらわからないクライアントに対してはパートナーとして寄り添い、一緒に考えていきましょうというアプローチを採っているそうですが、一方でIoTというのは、マネージメント・システムの本質を変えるような話とも直接つながっている。ということは、そこから導かれる答えは、企業の存在理由を問うようなものになっていく可能性が高いですね。

Y そのとおりです。IoTというのは単なる技術的な話ではなくて、いわば企業のフィロソフィーが問われる話なんですね。そんなこともあって私はIoTへの移行は従来型のアプローチ、つまり現場からトップに話を上げていくというかたちでは絶対に成功しないだろうと思っています。市場の動きやいま起こりつつあるグローバルな変革に対して、あなたはどうするんですか、という問いかけを経営者に直接していく。その中で課題に気づくことがあれば、最初の一歩を踏み出すことができるかもしれない。まずは気づくところからすべてが始まると思っています。

M 日本のIoTにはエンドユーザーのため、社会のためという視点もほしいところですね。公益のためには情報開示をしていく勇気も必要ですが、そこがなかなかうまくいかない。かつてのユビキタスもそうでした。

Y 海外のスマートシティでは駐車場の空き情報をネット上に公開して、情報をリアルタイムで提供しています。ユーザーはそれをスマートフォンのアプリなどで見ることができるわけです。ユーザーが買い物に行きたいと思ったときの利便性を徹底的に高めることで、地域の産業振興につなげていこうという考え方です。

 たとえばサンマテオ(※カリフォルニア州サンフランシスコ・ベイエリアにある街。2000年時点での人口はおよそ9万2000人。)という街では市長がIBM、シスコなど地元企業からの協賛金も入れながらスマートシティ化を進めました。市内ダウンタウンにある駐車場すべてにセンサーを付けたんです。その情報をスマホで見られるようにして、なおかつ市内映画館やスーパーの入場情報や図書館の情報なども全部吸い上げて情報として活用しました。レストランの予約、近くの駐車場はどこが空いているかの確認、すべてスマホのアプリで確認できる。するとサンマテオの市民だけでなく、まわりの街からも買い物客がやってくるようになったそうです。これこそシステム・アプローチだと思います。

M IoTに乗り切れない、情報開示ができないというのは、失敗を恐れすぎる点にも問題がある気がしますね。何かミスがあったら怖いので完璧になってから開示しようと考えているんじゃないでしょうか。ところがそう思っているうちに、いつも負けてしまう。小出しにするのが下手なんです(笑)。

Y 不完全でもいいから仕組みをつくって、あとは動かしながら随時改良を加えていく。思えばネットワーク黎明期に我々が手がけていたTCP/IP(※Transmission Control Protocol / Internet Protocolの略。複数のネットワークを相互通信可能にするためのプロトコル[手段]でインターネットでも標準的に用いられている。高い汎用性をもつ一方で、初期には不完全なプロトコルであると評価する専門家も多かった。)もまったく同じでした。それがいまのインターネットにつながっている。とにかく動かしていくと、そのなかから物語が見えてくることもあるんじゃないでしょうか。

M ネットワンもいよいよ「つなぐ」「むすぶ」から、クラウド、ビッグデータ、IoT時代を経て「かわる」のフェイズに入ろうとしている。その一方でGoogle検索のようなアーキテクチャーを設計できるエンジニアも必要です。物語性や編集をふまえた日本的感覚のエンジニアにもそろそろ出てきてほしいところですね。